自律神経失調症(頭がボーっとする)の鍼灸症例|酒々井町在住20代男性
自律神経失調症(頭がボーっとする)への鍼灸症例
「頭がボーっとして集中できない」「いくら考えても物事が整理できない」「人の話が頭に入ってこない」
今回は、まさにそのような「考えることができない症状」に悩まれていた20代の男性の症例です。
自律神経のバランスが崩れることで現れるこれらの症状は、ご本人の努力や気持ちだけではなかなか改善しにくく、将来への不安さえ募らせてしまうことがあります。
患者さまについて
年齢・性別:
20代男性・酒々井町在住
大学4年生で、まもなく卒業と就職を控えいる
鍼灸院に来るまでの経緯:
長年打ち込んできた運動系の部活動を引退されてから約1ヶ月が経った頃、それまで経験したことのない異変が起こりました。
急に「頭がボーっとする」感覚に襲われ、それに伴って「人の話を理解できない」「考えることができない」という症状が現れたのです。
具体的には、バイト先での接客内容が頭に入ってこない、友達と話していても会話の意図が理解できない、簡単な判断もすぐに下せないなど、日常生活にも大きな支障や不安をきたすような症状でした。
この症状は日によって波がありましたが、改善の兆しが見えないまま1週間が経過したため、不安を感じて病院を受診されました。
病院では、脳のCTやMRIといった精密検査を受けましたが、結果は「異常なし」。
画像診断上は全く問題が見つからなかったため、「特に治療法はない」と告げられたそうです。
「うつ病」といった精神的な疾患とも異なると診断されました。
「自律神経失調症」ということで、原因も治療法も不明という現実に直面し、さらなる不安を感じられたといいます。
ただしその際に、平熱が元々は35度台だったにもかかわらず、体温が34度台と低くなっていたこと、そして脈拍数が少ないことでした。
ご本人は冷えの自覚はあまりありませんでしたが、身体の機能が全体的に低下している可能性を示唆する所見でした。
自律神経の乱れを整えようと、生活スタイルを規則正しくする(早寝早起きなど)ことに努められました。
その結果、多少の改善は見られたものの、やはり体調の波は大きく、症状が完全に消失することはありませんでした。
卒業と就職が近づき、新しい環境での生活が始まるにもかかわらず、この「頭がボーっとする」状態が続くのではないかという強い不安を抱えていらっしゃいました。
何か別の方法はないかと模索され、東洋医学、特に鍼灸にたどり着き、当院へ来院されました。
東洋医学的考察
東洋医学では、人間の身体は単なる臓器の集合体ではなく、「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」という3つの要素が体内を巡り、互いにバランスを取り合うことで生命活動を維持していると考えます。
これら3つの要素のいずれかが不足したり、滞ったり、あるいは偏ったりすることで、様々な身体の不調が現れると捉えます。
今回の患者様の「頭がボーっとする」「考えることができない」という症状を東洋医学的な視点から考察しました。
まず着目したのは、「頭(脳)」という部位が、私たちの思考や意識を司る極めて重要な場所であるという点です。
東洋医学では、頭部は「清陽の府(せいようのふ)」と呼ばれ、身体の上部に位置する清らかで軽い「陽」の気が集まるところと考えられています。
この清陽の気が十分に頭部に供給されることで、思考は明晰になり、集中力が高まるとされます。
しかし、患者様の場合、この「頭のクリアさ」が失われ、「ボーっとする」という状態に陥っていました。これは、頭部への「気」や「血」の供給が十分でないか、あるいはその巡りが滞っている状態と考えられます。
この患者様には「血(けつ)」の不足、すなわち「血虚(けっきょ)」がある可能性が高いと判断しました。
全身的な血虚というよりは、特に思考を司る「頭」という部位において、必要な「血」が行き届いていない状態、いわば「脳の栄養不足」のような状態が起きていると考えました。
さらに、単に血が足りないだけでなく、その「血」の巡りが滞っている状態、「気滞血瘀(きたいけつお)」の傾向も強く見られました。
「気滞」とは、「気」の流れが滞ることで、これはストレスや精神的な緊張、運動不足などによって起こりやすくなります。
「血瘀」とは、「血」の流れが滞り、ドロドロとしてスムーズに流れなくなった状態です。
「気」は「血」を動かす原動力であるため、「気」の滞りは「血」の滞りを招きやすく、この二つは併せて現れることがよくあります。
今回の患者様の場合、部活動引退による生活の変化、卒業と就職という環境の変化、そして何より原因不明の症状に対する不安やストレスが、気の滞りを生み、それが頭部への血流を悪化させ、「頭がボーっとする」症状を引き起こしていると考えられました。
また、これらの状態の背景には、「心(しん)」「肝(かん)」「脾(ひ)」といった東洋医学的な「臓」の機能変調が関係していると考察しました。
「心」は精神活動や血の巡りを司ります。
心の機能が低下すると、思考がまとまらなくなったり、不安感が増したり、血の巡りが悪くなったりすることがあります。
「肝」は気の流れをスムーズにしたり、血を貯蔵したりする働きがあります。
肝の機能が乱れると、気の滞りが起こりやすくなり、イライラしたり落ち込んだり、あるいは頭部への血流が悪化したりします。
「脾」は飲食物から「気」や「血」を作り出し、全身に運ぶ働き(消化吸収)を司ります。
脾の機能が低下すると、「気」や「血」が十分に作られず、全身の栄養状態が悪くなったり、気力が低下したりします。
現代医学的に言えば「自律神経系の調整機能が落ちている状態」と考えられます。
東洋医学的な「気・血・水」のバランスの乱れや、「臓」の機能変調が、自律神経の働きに影響を与え、身体や精神の様々な不調として現れていると捉え、この考察に基づいて治療方針を立てました。
治療方針
前項の東洋医学的な考察に基づき、今回の患者様の治療方針を以下のように立てました。
■頭部の気血循環の改善:
「頭がボーっとする」という主訴に直接的にアプローチするため、頭部や首周りの血流を促進し、清陽の気をしっかりと頭部に巡らせるためのツボを選定します。
■全身の気血の巡りを整える:
頭部だけでなく、全身の「気」と「血」の流れをスムーズにすることで、エネルギーと栄養が滞りなく各組織、特に脳へと供給されるように促します。「気滞血瘀」の状態を改善することを目指します。
■心・肝・脾の機能調整:
東洋医学的な診断で関連が考えられる「心」「肝」「脾」の働きを整えるツボを使用します。
これにより、精神的な安定を図り、気の巡りをスムーズにし、消化吸収を高めて気血の生成を促進するなど、身体全体の機能底上げを図ります。
■自律神経のバランス調整:
鍼灸は、自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスを整える効果があることが知られています。
リラックス効果の高いツボや、全身の調整作用のあるツボを組み合わせることで、過緊張状態や機能低下している状態を緩和し、身体が自然なリズムを取り戻せるようサポートします。
■心身両面へのアプローチ:
症状の背景には、環境の変化や将来への不安といった精神的な要因も大きく関わっています。
身体へのアプローチに加え、患者様のお話をじっくり伺い、症状に対する不安を和らげ、心身ともにリラックスできるような時間を提供することも重視します。
この方針に基づき、患者様一人ひとりの状態を丁寧に観察しながら、その都度最適な治療穴を選択し、治療内容を調整していくオーダーメイドの治療を行っていくこととしました。
治療経過
1回目:
うつ伏せで、頭部の気の巡りを良くする百会(ひゃくえ)、首肩の凝りを緩め頭部への血流を改善する完骨(かんこつ)、風池(ふうち)、そして東洋医学的な臓の調整として心兪(しんゆ)、膈兪(かくゆ)、肝兪(かんゆ)といった背部のツボに鍼をしました。
心兪、膈兪、肝兪には、温めて機能回復を促すために点灸(小さなもぐさを直接ツボに乗せて燃やす灸)も追加しました。
さらに、背骨の両脇に位置し、自律神経にも関わる神道(しんどう)、筋縮(きんしゅく)には、心地よい温かさで緊張を緩める棒温灸を行いました。
患者様は手足の冷えも自覚されていませんでしたが、体温が低いことから、全身の血行促進のためにホットパックで身体を温めました。
仰向けになり、全身の気血の巡りを整える代表的なツボである手元の合谷(ごうこく)、足元の足三里(あしさんり)、そして気の滞りを改善する足元の太衝(たいしょう)に鍼しました。
お腹の調整として胃に関わる中脘(ちゅうかん)、肝に関わる右の期門(きもん)にも棒温灸で温かい刺激を与えました。
最後に、胸の中央に位置し、呼吸や精神的な緊張に関わる膻中(だんちゅう)には、持続的な刺激とリラックス効果を期待して円皮鍼(置き鍼)を貼りました。
2回目(3週間後):
この間に、患者様は大学の卒業旅行で海外に行かれていました。
旅行中は、慣れない環境や移動の疲れからか、一時的に頭のボーっとする症状が少し出たこともあったそうです。
しかし、旅の後半からは徐々に体調が上向かい、帰国後も比較的調子良く過ごせていたとのことでした。
症状の波はあるものの、全体的な状態は悪くないとのことでしたので、おおむね1回目の治療と同様の施術を行い、引き続き全身のバランスを整えることに重点を置きました。
3回目(3週間後):
前回の治療から今回の来院までの間に、別の卒業旅行に行かれたそうです。
この旅行はかなりハードなスケジュールだったようで、強い疲労を感じたとのことでした。
その影響で、一時的に頭のボーっとする症状が強めに出てしまったと話されていました。
当院に来院された日には症状は落ち着いており、比較的クリアな状態に戻っていたそうです。
この時の患者様の状態や、疲労による症状の波を考慮し、おおむね1回目同様の施術に加えて、いくつかの調整を行いました。
特に頭部の症状へのアプローチを強化するため、頭頂部の百会に直接灸(米粒大の小さなもぐさを直接ツボに乗せて燃やす灸)を行いました。
また、治療効果の持続と、日常生活でのセルフケアとして、自律神経の調整やリラックス効果が期待できる耳のツボにマグレイン粒(小さな金属粒が付いたシール)を貼付しました。
4回目、5回目(1~2週間に1回):
3回目の治療以降、患者様の体調は安定した良い状態が続くようになりました。
「頭がボーっとする」時間も格段に減り、以前のように物事を考えたり、人の話を聞いたりすることができるようになったと実感されているようでした。
就職を控えての不安も徐々に和らぎ、新しい生活に向けて前向きな気持ちになられている様子が伺えました。
治療内容は、全身調整を基本としつつ、百会への直接灸と、日常生活で持続的な刺激が得られる耳へのマグレイン粒貼付は継続して行いました。
順調に回復に向かっていたため、もう少し継続して治療を行い、より安定した状態を目指したかったのですが、患者様が就職のために遠方へ転居されることとなり、残念ながら当院での鍼灸治療は終了となりました。
しかし、初診時より改善し、ある程度の自信を持って新しい生活をスタートできる状態になられたことは、我々としても大変嬉しく思っております。
使用した主なツボとその代表的な効果
今回の症例で主に使用したツボの中から、代表的なものとその効果をご紹介します。
百会(ひゃくえ):
場所: 頭頂部、左右の耳の穴を結んだ線と鼻の真ん中を通る線が交わるところ。
効果: 頭部の気の巡りを良くし、脳の機能を活性化させます。清陽の気を引き上げ、頭痛、めまい、不眠、集中力低下など、頭部の様々な不調に効果的です。
完骨(かんこつ):
場所: 耳の後ろにある骨(乳様突起)の下端の後縁。
効果: 頭部や首周りの血行を促進し、首肩の凝りや頭痛、めまい、眼精疲労などに効果があります。
頭部への気血の供給をサポートするツボです。
風池(ふうち):
場所: 首の後ろ、後頭部の髪の生え際で、首の太い筋肉(僧帽筋と胸鎖乳突筋)の間。
効果: 首肩の凝りや痛みを和らげ、頭痛、めまい、眼精疲労などに効果的です。「風邪」の邪が入ってきやすい場所とも言われ、外からの邪気を払う効果も期待できます。
頭部への血流改善に重要なツボです。
心兪(しんゆ):
場所: 背中、第5胸椎棘突起の下、正中線から外側へ1.5寸(指2本分)のところ。
効果: 東洋医学の「心」の機能を調整します。
「心」は精神活動や血の巡りを司るため、動悸、息切れ、不眠、不安感、思考力の低下など、精神的な不調や血の巡りに関わる症状に効果的です。
膈兪(かくゆ):
場所: 背中、第7胸椎棘突起の下、正中線から外側へ1.5寸(指2本分)のところ。
効果: 東洋医学では「血会(けつえ)」と呼ばれ、血に関わる重要なツボです。
血の巡りを改善し、血虚や血瘀による様々な症状に効果があります。貧血、生理痛、血行不良などにも用いられます。
今回の「頭部の血虚」「気滞血瘀」に対するアプローチとして重要でした。
肝兪(かんゆ):
場所: 背中、第9胸椎棘突起の下、正中線から外側へ1.5寸(指2本分)のところ。
効果: 東洋医学の「肝」の機能を調整します。
「肝」は気の流れや血の貯蔵を司るため、ストレスによるイライラ、落ち込み、気の滞りによる身体の張りや痛み、眼精疲労などに効果的です。
「気滞血瘀」の改善に重要なツボです。
神道(しんどう):
場所: 背中、第5胸椎棘突起の下の陥凹部。
効果: 自律神経の調整や精神的な緊張緩和に効果があります。
心身のリラックスを促すツボです。
筋縮(きんしゅく):
場所: 背中、第9胸椎棘突起の下の陥凹部。
効果: 筋肉の緊張緩和や、自律神経の調整に効果があります。
合谷(ごうこく):
場所: 手の甲、親指と人差し指の骨が交わるところ。
効果: 全身の痛みを和らげる「万能穴」の一つです。
頭部や顔面の症状(頭痛、歯痛、眼精疲労)にも効果的で、気の巡りを整え、精神的な緊張を和らげる効果もあります。
足三里(あしさんり):
場所: 膝のお皿の下から指4本分下、すねの外側の筋肉の縁。
効果: 消化器系(脾胃)の働きを高め、気血の生成を促進し、全身の体力を向上させます。
全身の調整作用があり、免疫力を高める効果も期待できます。
健康長寿のツボとしても知られています。
太衝(たいしょう):
場所: 足の甲、親指と人差し指の骨の間を足首の方へなぞっていき、骨が交わるところの手前。
効果: 東洋医学の「肝」に関わるツボで、気の滞りを改善し、ストレスによるイライラや緊張、頭痛などに効果的です。
「気滞血瘀」の改善に重要なツボです。
中脘(ちゅうかん):
場所: みぞおちとおへその真ん中。
効果: 胃腸の働きを整え、消化吸収を高めます。
気血の生成をサポートし、全身のエネルギー補給に重要なツボです。
期門(きもん):
場所: 乳首の真下、肋骨の一番下の縁。
効果: 東洋医学の「肝」に関わるツボで、気の滞り(特に脇腹の張りなど)を改善し、精神的な緊張やストレス緩和に効果があります。
膻中(だんちゅう):
場所: 左右の乳首の真ん中、胸骨の上。
効果: 気の流れを整え、呼吸を楽にし、精神的な緊張や不安を和らげる効果があります。
心身のリラックスを促すツボです。
耳つぼ(マグレイン粒):
場所: 耳の特定の反射区。
効果: 耳には全身の様々な部位や機能に対応するツボが密集しています。
自律神経の調整、リラックス効果、食欲抑制など、目的によって様々な効果が期待できます。シールで貼ることで、治療効果の持続やセルフケアとして活用できます。
これらのツボを患者様の状態に合わせて組み合わせることで、身体が本来持つ自然治癒力を引き出し、不調を改善へと導きます。
まとめ
今回の症例は、大学卒業と就職を控え、人生の転換期に現れた自律神経失調症による「頭がボーっとする」「考えることができない」といった症状に悩まされていたケースで、鍼灸治療によって症状が改善し、無事に新しいステップへと進むことができました。
もしあなたが今、原因不明の体調不良や自律神経の乱れからくる症状で悩んでいらっしゃるなら、ぜひ一度、当院にご相談ください。
私たちは、あなたの身体が発する声に耳を傾け、東洋医学の知恵と技術を用いて、つらい症状からの解放を全力でサポートいたします。
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