パニック障害への鍼灸症例|鎌ケ谷市在住30代女性
パニック障害への鍼灸治療
現代社会において、ストレスや不安が原因で心と身体のバランスを崩す方が増えています。
なかでも「パニック障害」は、ある日突然、動悸や息苦しさ、不安感などが襲ってくるつらい症状で、日常生活に大きな支障をきたすことも少なくありません。
今回は、パニック障害、軽度のうつ症状、眠りの質の悪さといった複合的なお悩みを抱えて来院された女性の患者さまの症例をご紹介します。
この記事が、同じような不調にお悩みの方にとって一歩踏み出すきっかけとなれば幸いです。
患者さまについて
年齢・性別:
30代 女性・鎌ケ谷市在住
主なお悩み:
パニック障害、軽度のうつ症状、疲労感
鍼灸院に来られるまでの経緯:
4ヶ月ほど前、通勤のために乗った満員電車の中で、突然、経験したことのない強い不安感と激しい動悸に襲われたのです。
「このままどうにかなってしまうのではないか…」そんな恐怖感に包まれました。
それまでも緊張しやすい性格ではあったものの、このような症状は初めての経験だったといいます。
その日を境に、電車に乗ることへの恐怖心(予期不安)が生まれ、通勤が困難になっていきました。なんとか仕事を続けようと努力されましたが、心身の負担は大きく、発作への不安から日常生活にも支障が出始め、やむなく1ヶ月前から休職し、ご自宅で静養されていました。
休職して、発作を引き起こす満員電車という状況から離れたことで、パニック発作の頻度自体は減少しました。
最もツラかった時期と比較すれば、不安感やゾワゾワするような体の感覚は半分程度には落ち着いたようです。
しかし、根本的な不安感が消えることはなく、日常生活の中でも、予定が立て込んだり、人と会う約束が続いたりすると、決まって不安感や体のゾワゾワ感が増してしまう状態でした。
反対に、誰にも気兼ねなく、自分のペースでゆっくりと過ごせる時間が多い日は、心身ともに楽になることを実感されていました。
西洋医学的な治療や漢方薬も取り入れていましたが、「もっと体質を根本から整えたい」と、鍼灸に興味を持ってくださり、当院にご相談いただきました。
東洋医学的考察
東洋医学では、私たちの心と体は、目には見えない生命エネルギーである「気(き)」、全身に栄養と潤いを運ぶ「血(けつ)」、そして体内の水分代謝を担う「水(すい)」という3つの要素が、互いにバランスを取りながら機能していると考えます。
これらのバランスが何らかの原因で崩れると、様々な不調が現れると捉えます。
今回の患者さまの場合、以下の点が特徴的であると判断しました。
■血虚(けっきょ)
長期間にわたる精神的なストレスと、それに伴う心身の疲労により、「気」と「血」の両方が消耗している状態でした。
とくに「血」の不足(血虚)が目立ちました。
「血」は、単に血液としての役割だけでなく、精神活動を安定させる働き(養心安神:ようしんあんじん)も担っています。
血が不足すると、心を養うことができなくなり、不安感、不眠、動悸、気分の落ち込みといった精神的な症状が現れやすくなります。
元々緊張しやすいという性質も、東洋医学的には「心(しん)」(精神活動を司る臓腑)の働きがデリケートで、「血」を消耗しやすい「心血虚(しんけっきょ)」の素因があったと考えられました。
■気滞(きたい)
肝気鬱結(かんきうっけつ)とも言います。
ストレスは「気」の流れを滞らせる大きな原因となります。
とくに、感情のコントロールや気の流れのスムーズさを司る「肝(かん)」の働きがストレスによって乱れると、「気」がスムーズに流れなくなり、イライラ、胸のつかえ感、喉の異物感、お腹の張り、そして不安感や抑うつ感といった症状(肝気鬱結)が現れます。
発作への不安や将来への心配などが常に頭から離れず、気が滞っている状態が慢性化していました。
持続的なストレスと疲労によって「気」と「血」が消耗し(特に血虚)、さらにそのストレスによって「気」の巡りも悪くなっている(気滞) ことが根本的な原因であると判断しました。
「心血虚」というベースに、「気滞」が加わったことで、様々な心身の不調が複雑に絡み合って現れたと考えました。
治療方針
上記の東洋医学的考察に基づき、心身のバランスを整え、本来持っている回復力を引き出すために、以下の3つを柱とした治療方針を立てました。
■疏肝理気(そかんりき)
気の巡りをスムーズに。
ストレスによって滞ってしまった「気」の流れを改善することを目指します。
「肝」の働きを整え、気の鬱結を解きほぐすことで、イライラや不安感、胸のつかえ感などを和らげ、精神的な緊張を緩和します。気がスムーズに流れ始めると、心も体もリラックスしやすくなります。
■補気健脾(ほきけんぴ)
気を補い、エネルギーを高めます。
消耗してしまった「気」を補い、全身のエネルギーを高めることを目指します。
「気」は、飲食物を消化吸収しエネルギーに変える「脾(ひ)」(西洋医学の脾臓とは異なる、消化器系全般の働きを指す)の働きによって作られます。
そのため、「脾」の働きを助け、元気の源である「気」を効率よく補給できるようにします。
これにより、疲労感の改善、意欲の向上、そして免疫力のアップにも繋がります。
■補血(ほけつ)
血を補い、心を養います。
不足している「血」を補い、その質を高めることを目指します。
とくに、精神安定に重要な役割を果たす「心」を養う「血」を充実させることで、不安感、不眠、動悸などを改善し、精神的な安定を取り戻すことをサポートします。
「血」が増えることで、顔色も良くなり、体の栄養状態も改善されます。
これらの治療方針に基づき、鍼(はり)とお灸(きゅう)を組み合わせて施術を行いました。
鍼は主に気の流れを調整したり、特定のツボを刺激して体の機能を高めたりする目的で用い、お灸は体を温めて血行を促進し、気を補ったり、リラックス効果を高めたりする目的で用います。
当院では、このように東洋医学的な視点から不調の根本原因を探り、それに対するオーダーメイドの治療計画を立てることで、単に症状を抑える対症療法ではなく、体質そのものを改善し、不調が再発しにくい、健やかな心と体を取り戻すことを目指しています。
治療経過
1回目:
仰向けで、お腹にある「関元(かんげん)」「中脘(ちゅうかん)」に棒温灸でじっくりと温め、下腹部と胃腸の働きを整え、全身の元気を補いました。
足の冷えも考慮し、「陰陵泉(いんりょうせん)」「三陰交(さんいんこう)」に置鍼(鍼を刺したまましばらく置いておく方法)し、足先にはホットパックを当てて温めました。
さらに、胃腸の調子を整える「不容(ふよう)」「中脘」、下腹部の気を巡らせる「肓兪(こうゆ)」、そして全身の元気を補う「足三里(あしさんり)」には、ごく小さなもぐさで温める点灸を行いました。
うつ伏せで、頭頂部の「百会(ひゃくえ)」、首の付け根の「風池(ふうち)」に置鍼し、頭部への血流と気の流れを改善。背部では、心と精神に関わる「心兪(しんゆ)」、ストレスと関わる「肝兪(かんゆ)」、消化器系の働きを整える「胃兪(いゆ)」にも置鍼しました。
さらに、自律神経のバランスを整える背骨上の「霊台(れいだい)」「筋縮(きんしゅく)」に棒温灸で温め、気の滞りを解消する足の甲の「太衝(たいしょう)」や、肩こりがおありとのことでしたので関連する箇所にもアプローチしました。
最後に、効果を持続させるために小さなシール状の鍼(円皮鍼)をいくつかのツボに貼付しました。
2回目(1週間後):
前回の治療後、少しだるさのような疲れを感じたとのことでした。
これは「好転反応」と呼ばれる、体が良い方向へ変化しようとする過程で一時的に起こる反応と考えられますが、患者さまの体力を考慮し、今回は少し刺激量を調整することにしました。
仰向けで、前回同様、「関元」「中脘」への棒温灸とホットパックでの温めは継続。
置鍼するツボを、精神安定や吐き気に効果のある手首の「内関(ないかん)」、腕の「曲池(きょくち)」、そして「足三里」「三陰交」、頭部の緊張を取る反応点に変更しました。
点灸は「中脘」「肓兪」「関元」に行いました。
うつ伏せで、「百会」、首の付け根の「天柱(てんちゅう)」、「心兪」「肝兪」「胃兪」に置鍼しました。
このように、当院では毎回の施術前に必ずその後の体調変化をお伺いし、その日の状態に合わせて刺激量や使用するツボを微調整する、完全オーダーメイドの治療を行っています。
3~5回目(週1回ペース):
週に1回のペースで治療を継続しました。
この頃から、患者さま自身でメンタル面の良い変化を感じられるようになってきました。
もちろん、生理周期や日常生活での出来事(例えば、苦手な場所へ行かなければならなかった日など)によって、一時的に不安感が強まったり、体調が揺らいだりすることもありました。
しかし、以前のように大きく落ち込んだり、パニックに陥ったりすることは減り、「なんとかやり過ごせるようになった」「落ち込んでも回復が早くなった」と、ご自身の変化を前向きに捉えられるようになっていました。
治療内容は、2回目の施術をベースとしながら、その時々の訴え(例えば「今日は特に肩こりが辛い」「胃の調子がすっきりしない」など)に合わせて、柔軟に対応していきました。
6~18回目(週1回ペース)
週1回の治療を約4ヶ月間継続しました。
この期間で、日常生活における不安感や体のゾワゾワ感はかなり軽減し、睡眠の質も安定してきました。
疲労感も少なくなり、日中の活動量も徐々に増えていきました。
大きな変化として、休職の原因となっていた電車への恐怖心が和らぎ、短い区間から少しずつ乗る練習を始められるようになりました。
そして、体調の安定に伴い、短時間から少しずつ仕事への復帰を果たされました。
体調が安定してきたため、治療ペースを2週間に1回へと移行し、その後もメンテナンスとして治療を継続されています。
使用した主なツボとその代表的な効果
■関元(かんげん)
場所:おへその下、指幅4本分下がったところ。
効果:下腹部にあり、「丹田(たんでん)」とも呼ばれる生命エネルギーが集まる重要な場所です。
「元気の源」である「腎(じん)」の働きを助け、全身のエネルギー(気)を補います。
冷え性の改善、泌尿器・生殖器系の不調、そして精神安定にも効果が期待できます。
疲労感や冷え、根本的なエネルギー不足に対して、棒温灸で温めることで効果を発揮しました。
■中脘(ちゅうかん)
場所:みぞおちとおへその中間。
効果:胃の真上に位置し、「脾」と「胃」の働きを直接的に整えるツボです。
消化吸収能力を高め、食欲不振、胃もたれ、胃痛などを改善します。
「気」は食べ物から作られるため、中脘を整えることは、気を補う(補気健脾)上で非常に重要です。
疲労感やエネルギー不足の改善に繋がりました。
■三陰交(さんいんこう)
場所:内くるぶしの一番高いところから、指幅4本分上がった、すねの骨の後ろ際。
効果:「肝」「脾」「腎」という3つの重要な経絡が交わるポイントです。
とくに婦人科系の症状(生理痛、生理不順、更年期障害など)に効果が高いことで有名ですが、消化器系の不調、冷え性、むくみ、そして精神安定、不眠にもよく用いられます。
「血」を補う働きもあるため「血虚」とそれに伴う不眠や不安感の改善に役立ちました。
■百会(ひゃくえ)
場所:頭のてっぺん。左右の耳の穴を結んだ線と、眉間から頭頂部へ向かう線が交わるところ。
効果:「百(多く)の経絡が会う(交わる)」という意味の通り、全身の気の流れを調整する重要なツボです。
頭痛、めまい、不眠、自律神経の乱れ、精神安定、集中力向上など、幅広い効果があります。
頭部の緊張を和らげ、気の巡りを整えることで、うつ症状や不眠の改善を助けました。
■心兪(しんゆ)
場所:背中、第5胸椎と第6胸椎の間の高さで、背骨から左右それぞれ指2本分外側。
効果:「心」の働き(精神活動、血液循環)に関係する背中のツボ(兪穴)です。
動悸、息切れ、不眠、不安感、物忘れなど、心に関連する症状の改善に用いられます。
動悸や不安感、不眠に対して、直接的にアプローチしました。
■肝兪(かんゆ)
場所:背中、第9胸椎と第10胸椎の間の高さで、背骨から左右それぞれ指2本分外側。
効果:「肝」の働き(感情のコントロール、気の流れの調整、血の貯蔵)に関係する背中のツボ(兪穴)です。
ストレスによるイライラ、抑うつ感、目の疲れ、筋肉のこわばりなどを和らげます。
「疏肝理気」の中心的なツボであり、ストレスによる「気滞」を改善するために重要でした。
■足三里(あしさんり)
場所:膝のお皿のすぐ下、外側のくぼみから指幅4本分下がったところ。
効果:「健脚のツボ」として有名ですが、胃腸の働きを整え、消化吸収を高め、全身の「気」を補う代表的なツボです。
疲労回復、体力増強、免疫力向上、胃腸症状の改善などに幅広く用いられます。
「補気健脾」の要となるツボで、疲労感の改善に貢献しました。
■内関(ないかん)
場所:手首の内側、手首のしわの中央から肘に向かって指3本分のところにある、2本の太い腱の間。
効果:吐き気、乗り物酔い、二日酔いなどに効果的なことで知られますが、精神安定作用も高く、動悸、息切れ、不眠、不安感、胸のつかえ感などにも用いられます。
不安感の緩和に役立ちました。
■太衝(たいしょう)
場所:足の甲、親指と人差し指の骨が交わる手前のくぼみ。
効果:「肝」の経絡に属し、「肝兪」と並んで「疏肝理気」の代表的なツボです。
ストレスによるイライラ、怒りっぽい、頭痛、めまい、目の充血などを和らげます。
「気滞」を改善し、精神的な緊張を解きほぐすのに効果的でした。
これらのツボは、あくまで代表的なものであり、実際の治療では、患者さまのその日の状態に合わせて、他の多くのツボも組み合わせて使用しました。
鍼やお灸でこれらのツボを適切に刺激することで、東洋医学的な治療方針である「疏肝理気」「補気健脾」「補血」を実現し、心身のバランスを整えていきました。
まとめ
鍼灸治療がパニック障害、軽度のうつ症状、不眠といった、現代人に多い心身の複合的な不調に対して、有効なアプローチとなり得ることを示しています。
満員電車での突然の発作をきっかけに、心身の不調に悩まれていました。
脳神経外科や漢方薬による治療も受けられていましたが、さらなる改善を求めて当院の鍼灸治療を選択されました。
もしこれをお読みのあなたが、同じようにパニック障害、うつ症状、原因不明の疲労感、自律神経の乱れなど、心身の不調でお悩みでしたら、あるいは、西洋医学的な治療だけでは改善が見られない、薬に頼り続けたくないと感じていらっしゃるなら、ぜひ一度、鍼灸治療という選択肢を考えてみませんか?
当鍼灸院では、お一人おひとりのお話をじっくりと伺い、その方に最適な治療プランをご提案させていただきます。
鍼灸が初めての方でも安心して受けていただけるよう、丁寧な説明と、痛みの少ない優しい施術を心がけております。
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