抗がん剤の副作用(足裏のしびれ)の鍼灸症例
抗がん剤副作用(足の痺れと全身倦怠感)への鍼灸治療
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近年、医療技術の進歩により、癌の治療成績は著しく向上しています。
しかし、その一方で、抗がん剤治療に伴う様々な副作用が患者様のQOL(生活の質)を大きく損ねているのも事実です。
とくに、手足の痺れ(末梢神経障害)や全身倦怠感は、治療後も長期にわたり患者様を苦しめることが少なくありません。
当院では、このような抗がん剤治療後の後遺症に対し、東洋医学に基づく鍼灸治療で症状の緩和とQOLの向上に力を入れています。
今回は、多発性骨髄腫の抗がん剤治療に伴う足の痺れと全身倦怠感を訴える患者様に対し、鍼灸治療を行った症例をご紹介いたします。
この症例を通して、抗がん剤副作用に悩む患者様にとって、鍼灸の可能性を示すことができれば幸いです。
患者さまについて
年齢・性別:
50代男性。
鍼灸院に来るまでの経緯:
1年前から腰痛が出て、それが徐々に悪化してきました。
3ヶ月くらいたつ頃には、痛みのために動けなくなり、病院を受診しました。
「腰椎圧迫骨折」と診断されました。
さらに詳しい検査の結果、「多発性骨髄腫」であることが判明し、分子標的薬や抗がん剤治療が開始されました。
治療の結果、腰痛は改善傾向にあったものの、「体力の低下」、「ストレス」、「不眠」、「幻覚・幻聴」、そして「足先の痺れ」といった副作用が現れるようになりました。
とくに足の痺れは日常生活に支障をきたすほどであり、自家造血幹細胞移植を控えた時期であったことも重なり、心身ともに疲弊していました。
そこで、足の痺れの改善と体調全般の向上を目的として、当院の鍼灸治療を希望され初めて来院されました。
患者様は極度の倦怠感を訴えていましたが、脈診ではしっかりとした脈が確認できたため、単なる「虚弱」ではなく、「気」と「水」の巡りの「滞り」が症状の根本原因であると判断しました。
東洋医学的考察
東洋医学では、病気は「気・血・水(き・けつ・すい)」のバランスの乱れによって引き起こされると考えます。
「気」は生命エネルギー、「血」は血液、「水」は血液以外の体液を意味し、これらが体内をスムーズに巡ることで健康が維持されます。
本症例の場合、抗がん剤治療の影響により、「気」の巡りが滞り、体内の水分代謝も乱れている状態(気滞と湿邪)と考えられました。
とくに、足の痺れは「気血」の巡りが末端まで行き届かないために生じていると考えられます。
また、長期間の闘病生活による精神的なストレスも、「気」の巡りを悪化させる要因となっていたと考えられます。
東洋医学では、病気を部分的に捉えるのではなく、心身全体の状態を考慮して治療を行うため、足の痺れだけでなく、全身の倦怠感や精神的なストレスにも同時にアプローチしていくことが重要となります。
治療方針
初診時の脈診で「虚」よりも「滞り」が顕著であったことから、「気滞」と「湿邪」の改善に重点を置いた治療方針を立てました。
具体的には、「気」の巡りを改善する「理気(りき)」、「水」の巡りを改善する「利水(りすい)」、そして全身のバランスを整えることを目的とした鍼灸治療を行いました。
また、患者様は体力の低下を訴えていましたが、根本原因は「滞り」にあると判断したため、過度な補法(気を補う治療法)は避け、まずは「滞り」を解消することで、本来持っている自然治癒力を引き出すことを目指しました。
治療に際しては、患者様の体力や体調に合わせて刺激量を調整し、無理のない範囲で効果的な治療を行うことを心がけました。
治療経過
1回目:
仰向けで、「膻中(だんちゅう)」「合谷(ごうこく)」「太衝(たいしょう)」「太谿(たいけい)」といったツボに鍼を施し、「中脘(ちゅうかん)」には棒温灸を行いました。
うつ伏せで、「隔兪(かくゆ)」「肝兪(かんゆ)」「脾兪(ひゆ)」「腎兪(じんゆ)」に鍼と棒温灸を併用し、足指の先端にはお灸を行いました。
2回目の治療(1週間後):
足指の痺れが若干改善したものの、足の裏側に痺れが移動したとの訴えがありました。
腰から背中の痛みは少し楽になったとのことでしたが、「気持ちに体(体力など)がついていかない」と精神的な辛さを吐露されました。
そこで、前回の治療を継続しつつ、背部の局所にはパルス通電を併用しました。
3回目の治療(1ヶ月後):
自家移植のため1ヶ月間の入院を経ての来院でした。
入院により体力の低下が著しく、足の痺れは若干の改善が見られました。
この回は体力回復を主眼に置き、
仰向けで「中脘」「下脘(げかん)」にお灸を、「合谷」「曲池(きょくち)」「足三里(あしさんり)」に鍼を施しました。
うつ伏せで「隔兪」「肝兪」「脾兪」「腎兪」に鍼を行い、骨折した椎骨周辺(胸椎11番~腰椎2番付近)には温灸を行いました。
4回目から12回目(1~2週間に1回ペース):
2回目の治療を基本としつつ、その都度の症状に合わせて治療内容を調整しました。
移植後の入退院から3ヶ月後には、足の痺れはほぼ消失し、背中から腰の痛みも徐々に改善していきました。
病院での経過も良好とのことで、患者様の表情にも明るさが見られるようになりました。
13回目から23回目(2週間に1回ペース):
体力も徐々に回復し、鍼灸治療開始から9ヶ月後の23回目の治療終了時には、職場復帰を果たされました。
この頃は、体調のメンテナンスと健康増進を目的とした治療に移行し、「中脘」「関元(かんげん)」に棒温灸を、「合谷」「太谿」「足三里」に鍼を施し、「隔兪」「肝兪」「脾兪」「腎兪」など、コリのある場所に鍼を行いました。
足の冷えがある際にはホットパックを使用しました。
23回目の治療から4ヶ月後、患者様は「鍼灸を受けている方が調子が良い」とのことで、1ヶ月に1回のペースで治療を再開され、現在も健康増進を目的に治療を継続されています。
使用した主なツボとその代表的な効果
合谷(ごうこく):
手の甲にあるツボで、気の巡りを整え、鎮痛作用や免疫力向上作用があります。
太衝(たいしょう):
足の甲にあるツボで、肝の機能を整え、精神的な安定や血流改善に効果があります。
太谿(たいけい):
足の内くるぶしとアキレス腱の間にあるツボで、腎の機能を高め、全身の水分代謝を調整します。
足三里(あしさんり):
膝の下にあるツボで、胃腸の働きを整え、体力回復や免疫力向上に効果があります。
中脘(ちゅうかん):
お腹の中央にあるツボで、胃腸の働きを整え、消化不良や食欲不振に効果があります。
関元(かんげん):
おへその下にあるツボで、全身のエネルギーを高め、体力回復や冷え症改善に効果があります。
隔兪(かくゆ)、肝兪(かんゆ)、脾兪(ひゆ)、腎兪(じんゆ):
背中にあるツボで、それぞれ横隔膜、肝臓、脾臓、腎臓と関連し、各臓腑の機能を調整します。
まとめ
本症例では、抗がん剤治療の副作用である足の痺れと全身倦怠感に対し、東洋医学的な診断に基づいた鍼灸治療を行うことで、症状の改善が見られました。
とくに、患者様自身が「鍼灸治療によって気力・体力が大きく改善した」と実感されており、病院での治療と並行して鍼灸治療を行うことの有効性が示唆されました。
当院では、西洋医学と東洋医学のそれぞれの利点を活かし、患者様一人ひとりの状態に合わせた最適な治療を提供することを心がけております。
抗がん剤治療後の後遺症でお悩みの方は、ぜひ一度当院にご相談ください。
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