子宮頸がんへの不安・心身の不調への鍼灸症例

子宮頸がんへの不安から始まった心身の不調への鍼灸

子宮頸がんの不安からくる下腹部の違和感
現代社会において、病気に対する不安は心身に大きな影響を及ぼします。
とくに、がんのような重大な病気に対する不安は、身体的な症状だけでなく、精神的な苦痛をも引き起こし、日常生活に支障をきたすことも少なくありません。

今回は、子宮頸がんへの不安から下腹部痛をはじめとする様々な不調を抱えていた40代女性の鍼灸治療の記録です。

この症例を通して、鍼灸が心身のバランスを整え、不安からくる症状を緩和する可能性、そして患者様の心に寄り添う治療の大切さについてご紹介いたします。

患者さまについて

【年齢・性別】
40代の女性

【鍼灸院に来るまでの経緯】
半年前の健康診断で子宮頚部の異形成を指摘され、その後、婦人科で定期的な検査を受けていました。
3ヶ月前には、仕事やプライベートの多忙から疲れが溜まっていた時期に血尿が出現。泌尿器科を受診し膀胱炎と診断され、薬で症状は改善しましたが、その後婦人科で膣カンジタ症も発覚し、こちらも薬で治療しました。

さらに1ヶ月半前、体への不安から近所の内科を受診したところ、CT検査で子宮頸がんの疑いが指摘され、大きな病院への紹介状を受け取りました。

そこでMRI検査を受けた結果、「3cmほどの塊はあるものの、腫瘍マーカーの値は正常であり、生理や排尿に異常がなければ良性かもしれないため、3ヶ月ごとの経過観察で様子を見ましょう」という診断を受けました。

この頃から、子宮頸がんへの強い不安を感じるようになり、下腹部に違和感(痛み)が出現。
胃から背中にかけて締め付けられるような痛みを感じることもありました。

便秘傾向もあり、排便後には下腹部の違和感がいくらか楽になるという状態でした。
もともと眠りが浅く、慢性的な寝不足感も抱えていました。

その他の症状として、片頭痛、肩こり、腰痛、冷え、疲労感など、複数の不調を抱えており、心身ともに疲弊している状態でした。

病院での治療はとくに何もないので、鍼灸でこの不安感が良くなれば…といらっしゃいました。

東洋医学的考察

東洋医学では、心と体は密接に繋がり、互いに影響を及ぼし合っていると考えます。

今回の患者さまの場合、子宮頸がんへの強い不安が、気の流れや血の巡りを滞らせ、様々な症状を引き起こしていると考えられました。

とくに注目すべきは、東洋医学での内臓系の「肝」と「心」の気の滞りです。

東洋医学において「肝」は、気の流れをスムーズにする働きを担っており、ストレスや不安によってその機能が低下すると、気の流れが滞り、イライラや情緒不安定、身体の痛みなどを引き起こします。
「心」は精神活動を司り、不安や心配事が過度になると「心」の気が乱れ、不眠や動悸、精神的な不安定さを招きます。

また、仕事による心身への負担が大きいことから、気血の不足(気血虚)も認められました。
気血は身体を構成し、生命活動を維持する上で欠かせない要素であり、不足すると疲労感、冷え、めまい、顔色不良などの症状が現れます。

これらの状態を総合的に判断し、今回の患者さまの症状は、肝・心の気の滞りと気血の不足が根本原因であると捉えました。

治療方針

今回の治療では、まず患者様の強い不安感を和らげ、心身のリラックスを促すことを最優先としました。

東洋医学的な診断に基づき、肝・心・脾・腎の働きを活性化し、気の流れと血の巡りを改善することで、心身全体のバランスを整えることを目指しました。

具体的には、以下の点を重視しました。

【肝・心の気の滞りを解消】
気の流れをスムーズにし、精神的な安定を促すツボを選択。

【気血を補う】
体のエネルギーと栄養を補給し、疲労感や冷えを改善するツボを選択。

【下腹部の状態に配慮】
下腹部の違和感を緩和するツボを選択し、局所的な治療も行う。

【全身のバランスを重視】
全身の気血の流れを整えることで、自然治癒力を高める。

【刺激はソフトに】
不安感が強い患者様に対して、心身への負担を考慮し、優しい刺激の治療を行う。

治療経過

1回目:
初回の治療では、下腹部の張りが強い部分に温灸を行い、その後お灸を行いました。
使用した主なツボは、「内関」「三陰交」「足三里」「陰陵泉」などで、軽めの鍼とせんねん灸を使用しました。
足先にはホットパックを使用し、体を温めリラックスを促しました。

また、肩こりの部分には単刺と円皮鍼、背部には「風池」「天柱」「完骨」「心兪」「肝兪」「腎兪」に置鍼、「至陽」「命門」に棒温灸を行いました。

2・3回目(2週間ごと):
2回目と3回目の治療は、2週間に1回のペースで行い、初回と同様の施術を行いました。
治療を重ねるごとに、下腹部の痛み(違和感)は改善傾向を示しました

4回目(3週間後):
この際、患者様からPET検査で胸にしこりが見つかり、さらに詳しい検査を受けたところ、左乳がんと診断されたとの報告を受けました。

子宮頸がんへの不安が和らいできた矢先の出来事に、患者様の精神的な負担は非常に大きいものでした。
この影響からか、左の肩甲骨周辺に痛みと凝りが出現していました。
下腹部の違和感は良好な状態を維持していました

この回の治療では、「中脘」「関元」に棒温灸を行い、「内関」「神門」「足三里」「三陰交」「陰陵泉」に軽めの置鍼を行いました。
頭部の反応点にも刺鍼を行い、足先にはホットパックを使用しました。
肩甲骨の凝りに対しては、単刺とお灸を行い、「百会」「風池」「心兪」「肝兪」「腎兪」に置鍼、「脊柱」「命門」に棒温灸を行いました。

5回目と6回目(1週間おき):
左の肩甲骨から腕の付け根にかけて痛みがあったため、5回目はその部位に鍼と円皮鍼を集中的に行い、6回目には痛みが消失しました。

基本的には4回目の治療と同様の施術を行い、気の巡りを良くする施術を心掛けました。

その後、患者さまは病院での西洋医学的な検査結果と治療方針の説明を受け、治療方針を決めていく…というハナシでした。

鍼灸も今後の方針はそれ以降に決めましょうとしていました。
しかしその後、当院への連絡はなく、詳細な経過は不明です。

使用した主なツボとその代表的な効果

内関(ないかん):
精神安定、吐き気、動悸などに効果があります。

三陰交(さんいんこう):
婦人科疾患、冷え性、むくみなどに効果があります。

足三里(あしさんり):
胃腸の働きを整え、全身の倦怠感、足の冷えなどに効果があります。

陰陵泉(いんりょうせん):
むくみ、下腹部痛、生理不順などに効果があります。

心兪(しんゆ):
精神安定、動悸、不眠などに効果があります。

肝兪(かんゆ):
肝機能の調整、イライラ、目の疲れなどに効果があります。

腎兪(じんゆ):
腰痛、冷え性、泌尿器系の不調などに効果があります。

中脘(ちゅうかん):
胃腸の不調、食欲不振、消化不良などに効果があります。

関元(かんげん):
泌尿生殖器系の不調、冷え性、精力減退などに

まとめ

今回の症例は、子宮頸がんへの不安という精神的な要因が、下腹部痛をはじめとする様々な身体症状を引き起こしたケースでした。

東洋医学的な視点から、肝・心の気の滞りと気血の不足に着目し、鍼灸治療を行うことで、患者様の症状は着実に改善していきました。
とくに、下腹部の違和感の軽減は、患者様の精神的な負担を大きく軽減する効果があったと考えられます

しかし、治療の過程で乳がんの発覚という予期せぬ出来事があり、患者さまは再び大きな不安に直面することとなりました。
このことは、病気と向き合う過程において、精神的なサポートがいかに重要であるかを改めて示しています。

今回の症例を通して、以下の点が改めて重要であることを認識しました。

心身の繋がり:
心の不安やストレスが身体に様々な影響を及ぼすこと。

東洋医学の可能性:
鍼灸治療が、心身のバランスを整え、不安からくる症状を緩和する可能性。

鍼灸の適応範囲:
がんそのものへの直接的なアプローチは難しいものの、がん治療に伴う様々な不快な症状や、精神的な苦痛に対して、鍼灸が有効な手段となり得ること。

当院では、今回の症例を通して得られた経験を活かし、今後も患者様一人ひとりの心身の状態に合わせた丁寧な治療を心掛けてまいります。

もしあなたが心身の不調でお悩みでしたら、ぜひ一度当院にご相談ください。

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