慢性痛への鍼灸施術の研究
慢性痛への鍼灸
長く続く痛みは苦しくツラいですね。
「慢性痛」は3ヶ月以上続く痛みのことを指します。
腰痛、肩こり、頭痛、関節痛などでも起きる、誰もが経験する可能性のある不快な症状です。
原因は様々で、特定のものから、ストレスや生活習慣、心理的な要因が複雑に絡み合っている場合もあります。
現在、アメリカでは、このような痛みへのアプローチとして麻薬系の鎮痛剤を多用する弊害が問題になっています。
なんらかの方法で痛みが改善すれば、薬に頼らなくてもよくなるはずです。
今回は、このような慢性的に続く痛みに鍼灸がお役に立てるのではないか、という研究をご紹介します。
米国のオピオイド問題
オピオイド鎮痛剤は、強力な鎮痛作用を発揮する薬剤です。
がんの痛みや手術の際の痛みなど、強い痛みを抑えるために使用されています。
神経に作用しますので「気分の高揚」が表れることもあります。
オピオイドの代表例が『モルヒネ』です。
米国では、慢性痛治療に使われるオピオイド鎮痛剤の乱用が深刻な社会問題となっています。
オピオイドは強力な鎮痛作用を持つ一方で、強い依存性があり、過剰摂取すると呼吸困難や死亡に至る危険性があります。
中毒状態になっている者は190万人・死亡者は1999年から2014年までで16万5000人とも言われています。
オピオイド鎮痛剤には驚くほどの常習性があります。
歴史的にみると、1990年代後半から、製薬会社がオピオイド鎮痛剤の安全性を過大に宣伝し、医師も安易に処方したことが問題の始まりです。
慢性痛患者の増加や、不法に取引されるオピオイドの蔓延も、問題を深刻化させる要因となっています。
現状、オピオイドによる過剰摂取での死亡者数は増加の一途を辿り、社会全体に深刻な影響を与えています。
依存症患者の増加、犯罪の増加、医療費の増大など、様々な問題を引き起こしています。
米国政府は、オピオイドの処方制限、依存症治療の拡充、違法薬物の取り締まり強化など、様々な対策を講じています。
しかし、問題解決には至っておらず、長期的な取り組みが必要です。
日本においては、多くのオピオイド鎮痛剤は『医療用麻薬』に指定されています。
そのため処方にあたっては、医師には特別な免許が必要となります。
また、医師のみならず、薬剤師、製薬会社も特別な免許が必要となります。
このような厳密な管理が日本では行われていますので、アメリカのような状況は起きていません。
米国のオピオイド問題は、薬物依存の恐ろしさを示す深刻な事例です。
日本でも、安易な薬物使用は避け、健康的な生活習慣を心がけることが重要です。
慢性疼痛のための鍼治療
このようなオピオイド禍を受けて、米国では「痛みの改善法としての鍼灸」が注目されています。
そのひとつの研究例をご紹介します。
『米国バーモント州における慢性疼痛のための鍼治療』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29662722
【概要】
オピオイド危機に対応して、2016年のバーモント州議会は、バーモント州メディケイドを受けている慢性疼痛患者の鍼治療を評価する調査をした。
慢性疼痛を有するメディケイド患者156名が、バーモント州で鍼灸師免許を持った28人の鍼灸師から60日間以内に12回の鍼治療を受けることにした。
痛み強度・痛みの干渉・身体機能・疲労・不安・抑うつ・睡眠障害の変化を評価するために、PROMIS®アンケートを治療期間の前および後に行った。
【結果】
幅広い疼痛愁訴を持った患者は、期間中に平均8.2回治療を受けた。
鍼治療後に、平均疼痛強度、身体機能、疲労、不安、うつ病、睡眠障害、および社会的孤立の有意な改善を示した。
鎮痛薬(非オピオイド)を使用している患者の57%が使用の減少を報告。
オピオイド薬を使用している患者の32%は、介入後にオピオイド薬の使用を減らしたと報告。
雇用された患者の74%が能力の改善を報告。
慢性疼痛のある患者には鍼治療を推奨すると回答した。
【結論】
慢性疼痛に対する鍼治療が実現可能であり、バーモント州メディケイド集団の患者によく受け入れられることを示している。
認可された鍼灸師からのケアを受けたことは、鍼治療前と比べて、身体的、機能的、心理的、感情的、および職業能力的に有意な改善を示した。
米国の公的機関の公表
このような研究を含め、様々な検討の結果、
アメリカ医師会(AMA)やアメリカ内科医師会が、腰痛治療のガイドラインで『鎮痛薬を投与する前に、カイロ、マッサージ、鍼などを活用することを推奨』しています。
同様に、アメリカ国立衛生研究所(NIH)とアメリカ疾病予防管理センター(CDC)などでも、『オピオイド禍の解決手段として、オピオイドを使う前に非薬物療法(鍼治療など)を行うことを推奨』しています。
アメリカでは、現代医学的にも「鍼灸治療が慢性痛に関して有効である」と認識しているということです。
鍼灸の基本的な活用方法は、薬物療法の前に試してみる、もしくは、薬物療法と併用する、という使い方です。
鍼の鎮痛機序(どうして痛みが和らぐのか)に関して。
現代医学的に解明されていることは、局所の血流を促進させることで痛みを緩和・局所の神経を介して鎮痛物質が放出・痛みが伝わるルート(局所から脳に向かうルート)で痛みの伝達を減らす・脳内モルヒネのような鎮痛物質が脳に作用…などがあります。
人体には、治ろうとする仕組みや痛みや不具合を緩和する仕組みなどが備わっています。
鍼灸はそういった「自然治癒力」を活性化することで、痛みを改善させていると考えまれます。
当院の考察
アメリカでは「鍼灸で鎮痛することでオピオイドの使用量を減らせる」という流れで考えられますが、日本ではオピオイド禍は関係ないので、おもに「鎮痛作用としての鍼灸」という面だけで考えます。
様々な慢性の痛みをもつ多数の人へ鍼灸した結果、それらの人の身体・心理・仕事的に機能が改善したという結果でした。
もちろんすべての人の状態が改善する、なんてことはないでしょう。
ただ、1例だけに劇的に効いたという報告とは逆の意味での「鍼灸の可能性」が垣間見える気がします。
鍼灸は鎮痛作用があります。
「鍼灸をした場所(局所)」で起こる鎮痛作用もあれば、「痛みを脳に伝えるルート上で起こる」鎮痛作用、「脳内で起こる」鎮痛作用などが確認されています。
複合的に鎮痛作用があるので、様々な痛みに対応できるのだと考えられます。
また、鍼灸はその施術形態からも「人と人の交流」があります。
コミュニケーションや手当てのような、人と人のエネルギーの交流のようなものも治療効果に含まれるはずです。
それがリラックス作用にもつながります。
鍼灸「だけ」で全てが上手くいく、とは言いません。
病院での治療や薬とうまく併用することで、鍼灸のチカラも活きてきます。
痛みでお悩みの方で、「病院の治療以外に何かできるかことはないか!?」と考えた際は、鍼灸も頼って下さい。
お待ちしております。
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