産後のマタニティブルーへの鍼灸症例

産後のマタニティブルーへの鍼灸治療

マタニティーブルー(不安・息苦しさ)

出産は女性にとって人生における大きな喜びの一つですが、同時に心身に大きな変化をもたらす時期でもあります。
ホルモンバランスの急激な変動、育児による睡眠不足や疲労、環境の変化など、様々な要因が重なり、心身のバランスを崩してしまうことがあります。

その一つが「マタニティブルー」と呼ばれる、出産後に起こる気分の落ち込みや不安感です。

多くの場合、時間の経過とともに自然に改善していきますが、中には日常生活に支障をきたすほど症状が強く出てしまう方もいます。

今回は、出産後に急な不安感や息苦しさに襲われ、心身ともに疲弊していた40代の女性です

当院の鍼灸治療によって症状が劇的に改善し、穏やかな育児生活を取り戻された経過をご報告いたします

この記事を通して、出産後の心身の不調でお悩みの方に、鍼灸治療という選択肢を知っていただくとともに、当院の治療に対する理解を深めていただければ幸いです。

患者さまについて

年齢・性別:
40代女性。

鍼灸院に来るまでの経緯:
以前から当院で妊活の鍼灸治療を受けておられました。
その後、無事にご懐妊され、妊娠経過も順調だったため、安定期になり鍼灸治療は終了としていました。

その後、妊娠後期に逆子になり、帝王切開での出産を余儀なくされたとのことでした。
出産時には出血も多く、心身ともに大きな負担がかかったことが伺えます。

出産翌日から、傷の痛みとともに、体のほてり、胸の圧迫感、強い不安感、そして特に夜になると発作のように強まる息苦しさに悩まされるようになりました。

眠れない日が続き、心身ともに疲弊していく中で、医師からは「出産によるホルモンバランスの変化が原因だろう」と説明を受けたものの、具体的な解決策は見出せない状態でした。

入院中は看護師に話を聞いてもらうことで不安を紛らわせていましたが、退院して実家に戻ってからも症状は改善せず、出産から10日後(退院から3日後)、藁にもすがる思いで当院を訪れられました。

東洋医学的考察

東洋医学では、出産は女性の体にとって大きなエネルギーの消耗を伴うと考えます。
とくに今回の患者さまは、帝王切開による出産と出産時の出血が重なったことで、気(生命エネルギー)と血(血液とそれを運搬する機能)を著しく消耗した状態、いわゆる「気血両虚」の状態に陥っていると考えられました。

さらに、以前からストレスを抱え込みやすく、心身のバランスを崩しやすい「心血虚」と「肝気うつ」の傾向があったことから、出産という大きな出来事が引き金となり、不安感がさらに増幅されたと推測しました。

「心血虚」とは、精神的な活動を支える血液が不足した状態を指し、不安、不眠、動悸などの症状が現れやすくなります。
「肝気うつ」は、気の流れが滞った状態を指し、イライラ、憂鬱、胸の張りなどの症状を引き起こします。

出産時の失血とこれらの体質的な要因が重なり、「心陰虚」の状態が「上実」=「陰虚火旺」という病態を招き、急激な症状を引き起こしたと判断しました。

「心陰虚」は、心臓の陰(潤い)が不足した状態を指し、ほてり、寝汗、不眠などの症状が現れます。
「陰虚火旺」は、陰の不足によって相対的に陽(熱)が過剰になった状態を指し、のぼせ、イライラ、不安などの症状を引き起こします。

治療方針>

今回の治療では、消耗した気血を補い、心の安定を取り戻すとともに、滞った気の流れを改善し、過剰になった熱を冷ますことを目的としました。

具体的には、「補陰清熱」と「疏肝理気」を柱とした治療を行いました。

「補陰清熱」は、陰(潤い)を補い、熱を冷ます治療法で、「疏肝理気」は、肝の気を巡らせ、気の流れをスムーズにする治療法です。

患者さまは、ベッドに横になることすらできないほど(横になると不安や息苦しさが発作のように出るため)症状が強く出ていたため、身体への負担を最小限に抑えた優しい刺激の治療を行うことを心がけました。

治療経過

1回目:
座った姿勢で、背部にある「心兪」から「肝兪」の間の反応点にお灸を行いました。
また、「百会」「肩井」に単刺(鍼を刺してすぐに抜く方法)を行い、「行間」「郄門」「肩井」には円皮鍼(非常に細い鍼を皮膚に貼る方法)を使用しました。

2回目(3日後):
1回目の施術後から症状が大きく改善し、ここ3日間はまだ奥の方にモヤモヤとした感じはあるものの、発作のような息苦しさは出ていないとのことでした。

この日は、座った姿勢で「百会」「関衝」「隠白」に刺絡(皮膚に微小な傷をつけて少量の血液を出す方法)を行い、「肩井」に単刺、「心兪」から「肝兪」の間の反応点にお灸を行いました。

3~5回目(3日おきペース):
発作のような症状は完全に消失し、安心して眠れる時間も取れるようになりました。
育児の大変さはあるものの、全体的に症状は大きく改善していました。

この期間は、座った姿勢で「内関」「足三里」「肩井」などをローラー鍼(ローラー状の鍼で皮膚を優しく刺激する方法)で刺激し、「手足の井穴」をてい鍼(先端が丸い鍼で皮膚を軽く押す方法)で数秒間刺激しました。
また、うつ伏せになれるようになったため、うつ伏せの状態で「心兪」から「肝兪」の間の反応点にお灸とローラー鍼を行いました。

5回の治療を終えた時点で、最初の激しい症状はほぼ完全に消失したため、鍼灸治療を終了としました。

使用した主なツボとその代表的な効果

心兪(しんゆ):
心の働きを調整し、精神を安定させる効果があります。

肝兪(かんゆ):
肝の機能を調整し、気の流れをスムーズにする効果があります。

百会(ひゃくえ):
頭頂部に位置し、精神を安定させ、意識を clear にする効果があります。

肩井(けんせい):
肩の凝りを和らげ、気の巡りを改善する効果があります。

行間(こうかん):
肝の気を鎮め、イライラや怒りを鎮める効果があります。

郄門(げきもん):
血の巡りを改善し、胸の痛みや動悸を和らげる効果があります。

関衝(かんしょう):
熱を冷まし、精神を安定させる効果があります。

隠白(いんぱく):
脾の働きを助け、不安や不眠を改善する効果があります。

内関(ないかん):
胸の苦しさや吐き気を和らげ、精神を安定させる効果があります。

足三里(あしさんり):
胃腸の働きを整え、全身の機能を高める効果があります。

まとめ

今回の症例は、出産を契機に体のバランスが大きく乱れ、それが心身症的な症状となって現れたケースです。
まさにマタニティブルーと言えるでしょう。

東洋医学的な診断では、「陰虚火旺」の状態が明らかであり、そこへの集中的な施術が功を奏しました。

治療中は、患者さまの話を丁寧に聞きながら、身体への負担を最小限に抑えた施術を心がけました。
急激な症状でしたが、治療によって劇的に改善していったことから、陰虚火旺の比率が大きかったと考えられます

施術を手早く、簡潔に行ったことも、患者さまの負担を軽減する意味で効果的だったと言えるでしょう。

妊娠から出産、そして産後は、一般的には喜ばしい出来事として捉えられがちですが、母体には想像以上の負担がかかっています。
とくに産後は、体の回復と同時に育児が始まるため、肉体的にも精神的にも大きな負担が強いられます。

決して無理をすることなく、心身の安寧を第一に過ごしていただきたいと思います。

当院では、鍼灸治療を通して、出産後の心身の不調でお悩みの女性をサポートしています。
今回の症例のように、急な不安や息苦しさでお困りの方はもちろん、気分の落ち込み、不眠、疲労感など、様々な症状に対応しております。
お一人で悩まずに、ぜひ一度当院にご相談ください。

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