わき腹から背中の痛み・コリへの鍼灸症例|船橋市在住40代男性
わき腹から背中の痛みへの鍼灸症例
現代社会は、目まぐるしい変化と情報過多の中で、多くの人が慢性的なストレスに晒されています。
デスクワークや長時間の同じ姿勢、精神的なプレッシャーは、背中の頑固な痛みやコリとして現れやすい症状の一つです。
今回は、鍼灸治療がどのようにわき腹や背中の痛みやコリ、そしてそれに伴う精神的な不調を改善していったのか、そのプロセスと当院の治療の特徴をご紹介させていただきます。
患者さまについて
年齢・性別:
40代男性・船橋市在住
鍼灸院に来るまでの経緯:
1ヶ月前、血尿の症状が現れました。
ご本人にとっては大変な衝撃であり、強い不安を感じ、すぐに病院を受診されました。
幸い、受診時には血尿は治まっており、CT検査や血液検査など、精密な検査を受けても特に異常は見つかりませんでした。
身体に異常はないとわかってホッとするはずのところが、もともと物事を深く考え込みやすい性格もあって、逆にわき腹の痛みを感じるようになり、次第に背中のコリや痛み、気分の落ち込み、慢性疲労なども重なり、日常生活に支障を感じるようになっていました。
気に病みやすい性格の患者さんにとって、この出来事は大きな精神的ストレスとなっていたのです。
わき腹から背中の痛みの他には「夜間頻尿」「気分の落ち込み」「慢性疲労」がありました。
これらの症状は、互いに関連し合いながら、日常生活に影響していました。
西洋医学では対処法が無かったため、灸治療という選択肢に辿り着かれました。
東洋医学的考察
東洋医学では、私たちの身体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」という3つの要素がバランス良く体内を巡ることで、健康が維持されると考えます。
「気」は生命活動の根源となるエネルギー、「血」は全身に栄養を運び精神活動にも関わる物質、「水」は血液以外の体液全般を指し、身体を潤し冷却する役割を担います。
そして、これらのバランスが崩れることで、様々な不調が現れると捉えます。
また、身体の各部分は独立しているのではなく、互いに影響し合うという考え方を重視します。
この患者さまの場合、お話を伺い、お身体の状態を拝見した結果、以下のように考察しました。
■肝うつ気滞(かんうつきたい)
心因性のストレスが気の流れを阻害している状態。
東洋医学でいう「肝(かん)」は、西洋医学的な肝臓の機能だけでなく、感情のコントロールや「気」の流れ(疏泄作用:そせつさよう)を調整する重要な役割を担っています。
この場合、血尿という突然の出来事による強い驚きや不安(東洋医学では「驚(きょう)」や「恐(きょう)」という感情)が、「肝」の機能を乱す大きな要因となったと考えられます。
元々、気に病みやすいという性格も、「肝」に負担がかかりやすい素因と言えるでしょう。
「肝」の疏泄作用が低下すると、「気」の流れがスムーズでなくなり、体内で滞ってしまいます。
これを「気滞(きたい)」と呼びます。
「気」は身体の様々な機能を動かす原動力ですから、その流れが滞ると、痛みやコリ、張った感じ(膨満感)、イライラ感、気分の落ち込みなどを引き起こします。
わき腹の痛みや背中の頑固なコリは、この「肝うつ気滞」によって経絡(気血の通り道)の流れが阻害された結果、顕著に現れた症状であると判断しました。
考え込むと痛みが増すというのも、「気滞」の特徴的な症状の一つです。
■気虚(ききょ)
エネルギー不足による機能低下している状態。
気分の落ち込み、慢性的な疲労感、そして物事を気に病みやすい傾向は、「気」そのものが不足している状態、「気虚(ききょ)」も関与していると考えられます。
「気」は、飲食物からエネルギーを作り出す「脾(ひ)」(消化器系の機能)と、生命力の根源である「腎(じん)」(成長・生殖・水分代謝などを司る)によって生成・貯蔵されます。
ストレスや過労、睡眠不足などが続くと、「脾」や「腎」の機能が低下し(脾腎両虚:ひじんりょうきょ)、「気」を十分に作れなくなります。
「気」が不足すると、身体を温める力(温煦作用:おんくさよう)や、内臓を正しい位置に保つ力(固摂作用:こせつさよう)、病気から身体を守る力(防御作用:ぼうぎょさよう)などが低下します。
慢性疲労や気分の落ち込みは、この「気虚」の状態が根底にある可能性が高いと考えました。
これらの「肝うつ気滞」「気虚(脾腎両虚)」といった要素が絡み合い、不調を引き起こしているというのが、東洋医学的な見立てです。
単に痛みのある部分だけでなく、全身のバランス、そして心と身体の繋がりを考慮することが、根本的な改善への鍵となると考えました。
治療方針
■疏肝理気(そかんりき)
滞った気の流れをスムーズにする。
まず最優先事項として、「肝」の機能を整え、ストレスや感情の抑圧によって滞ってしまった「気」の流れを改善します。
これにより、「肝うつ気滞」が主な原因と考えられるわき腹の痛みや背中の張り、イライラ感、気分の波などを緩和することを目指します。
気の巡りが良くなることで、精神的な解放感も得られやすくなります。
■補気健脾(ほきけんぴ)・補腎(ほじん)
生命エネルギーを補い、土台を強化する。
慢性的な疲労感や気分の落ち込みの背景にある「気虚」を改善するため、エネルギー生成に関わる「脾」と生命力の根源である「腎」の機能を高め、「気」を補う治療を行います。
これにより、体力・気力を充実させ、精神的な安定を取り戻し、ストレスに対する抵抗力を高めることを目指します。夜間頻尿の改善にも繋がることが期待されます。
■活血化瘀(かっけつかお)
血行を促進し、コリを解消する。
長年の背中の痛みやコリには、「気滞」だけでなく、血行不良(瘀血:おけつ)が関与している可能性も考慮します。
気の流れが滞ると血の流れも悪くなりやすいため、「理気」と並行して、必要に応じて血行を促進するアプローチも取り入れ、筋肉の深層にある頑固なコリの解消を目指します。
■安神(あんじん)
精神的な安定とリラックスです。
気に病みやすい性格や、今回の出来事による不安感を和らげるため、精神を安定させる効果のあるツボを選定し、施術に取り入れます。
リラックス効果を高めることで、自律神経のバランスを整え、心身の緊張を解きほぐします。
治療経過
1回目:
うつ伏せで、背部(心兪、膈兪、肝兪、胃兪など)の強いコリに置鍼し、点灸を追加しました。
気の巡りを良くする目的で、陽陵泉や飛陽に鍼、陽陵泉には円皮鍼も追加しました。
足先をホットパックで温めます。
仰向けで、腹部(膻中、帯脈)と四肢(足三里、外関、太衝)にも鍼と棒温灸を実施しました。
2~5回目(週1回ペース):
1回目の内容をベースに施術を継続しました。
わき腹の痛みは施術毎に改善していきました。
首から背中からコリや痛みが目立ってきたため、該当部位に重点的にパルス鍼と点灸で対応。
6~10回目(週1回ペース):
背中の痛みの場所が来るたびに移動しており、「気滞」による影響と考え、柔軟に鍼の場所を調整しました。
わき腹の痛みは完全に消失し、背中の痛みも軽減傾向に。
11~15回目(週1回ペース):
ストレスを感じたときに首や肩甲骨まわりに痛みが出やすくなっていたため、心身両面へのアプローチを重視。
うつ伏せでは、上天柱・風池・身柱・至陽・膏肓・心兪・肝兪に鍼・点灸・円皮鍼を行いました。
仰向けでは、膻中、期門、外関、足臨泣、懸顱周辺など、自律神経と感情面を整えるツボを活用しました。
治療から約4ヶ月後、背中の痛みの頻度は大きく減り、移動する痛みも気にならなくなったため、ひとまず鍼灸治療は一区切りとしました。
使用した主なツボとその代表的な効果
その時々の状態に合わせて様々なツボを使用しましたが、特に重要だったと考えられるツボとその代表的な効果、そして今回の症例で期待した具体的な役割についてご紹介します。
肝兪(かんゆ)
肩甲骨の下縁の高さで、背骨の中心から指2本分(約3cm)外側にあります。
「肝」の機能を高め、気の流れを調整します。
精神安定、ストレス緩和、眼精疲労、血行促進、筋肉の緊張緩和などに効果があるとされています。
わき腹の痛みや背中の張り、イライラ感の緩和を期待しました。
心兪(しんゆ)
肝兪の少し上、肩甲骨の間の高さで、背骨の中心から指2本分外側にあります。
「心」(東洋医学では精神活動の中心と考える)の機能を整え、精神不安、動悸、不眠、物忘れなどに効果があるとされています。
気分の落ち込みや不安感など、精神的な不調を和らげる目的で使用しました。
ストレスによる動悸や睡眠の質の改善も期待しました。
脾兪(ひゆ)
胸椎の11番の下で、背骨の中心から指2本分外側にあります。
「脾胃」(消化吸収機能)を整え、食欲不振、胃もたれ、消化不良、全身倦怠感、むくみなどに効果があるとされています。
「気虚(脾腎の虚)」を補い、エネルギー生成能力を高める目的で使用しました。
慢性疲労の改善、体力・気力の向上を期待しました。
陽陵泉(ようりょうせん)
膝の外側、少し下にある腓骨頭(ひこつとう)という骨の出っ張りのすぐ前下方にあるくぼみです。
「筋会(きんえ)」と呼ばれ、全身の筋肉や腱に関わる症状に効果的な要穴です。
足腰の痛みやしびれ、こむら返り、肩こり、わき腹の痛み(胆経の症状)などに用いられます。
足三里(あしさんり)
膝のお皿のすぐ下、外側にあるくぼみから、指4本分(約6cm)下がったところにあります。
胃腸の調子を整え、全身の「気」を補う万能ツボとして有名です。体力増強、疲労回復、免疫力向上、消化促進、足の疲れなどに効果があります。
太衝(たいしょう)
足の甲で、親指と人差し指の骨が合わさる手前の、押すと脈を感じるくぼみです。
「肝」の経絡の原穴(重要なツボ)であり、「肝」の機能を調整する力が強いとされています。ストレス、イライラ、頭痛、めまい、目の充血、不眠、生理不順などに効果があります。
外関(がいかん)
手の甲側で、手首の横じわの中央から指3本分(約4cm)肘に向かったところにあります。
腕や手指の痛み、肩こり、頭痛(特に側頭部)、耳鳴り、乗り物酔いなどに効果があります。
上半身、特に身体の側面(少陽経)の気の流れを調整します。
首肩周りのコリや、ストレスからくる側頭部の緊張緩和などを目的として使用しました。
膻中(だんちゅう)
胸の真ん中、左右の乳頭を結んだ線のちょうど中央にあります。
「気会(きえ)」と呼ばれ、「気」が集まる場所とされています。
ストレス、不安感、動悸、息切れ、胸のつかえ感、咳、喘息、母乳不足などに効果があります。
精神的なストレスや不安感、気分の落ち込みを和らげるための非常に重要なツボとして使用しました。
棒温灸で温めることで、深いリラックス効果と気の巡りの改善を促しました。
帯脈(たいみゃく)
おへその高さで、体側に引いた線上で、脇の真下あたり(第11肋骨先端の下方)にあります。
腰部を帯のように一周する特殊な経絡「帯脈」上のツボです。
わき腹の痛みに対して直接的にアプローチするとともに、腰腹部全体の気の流れを整える目的で使用しました。
棒温灸や円皮鍼も併用し、効果を高めました。
これらは、今回使用したツボのほんの一部です。
実際の治療では、これらのツボ以外にも、身体の状態を詳細に診察し、その日の症状や体質に合わせて最適なツボを選び、鍼や灸の手技を使い分けて施術を行いました。
まとめ
今回ご紹介した症例は、原因が特定しにくい身体の痛みやコリ、そしてそれに伴う精神的な不調が、東洋医学的な視点からのアプローチ、すなわち鍼灸治療によって大きく改善した実例の一つです。
血尿後のわき腹の痛みは、検査では異常が見つからなかったものの、東洋医学的には「肝うつ気滞」という心因性のストレスが引き起こした気の滞りが大きな原因と考えられました。
鍼灸治療を通して、滞った「気」の流れを整え、不足していた「気」を補い、心と身体全体のバランスを調整していくことで、わき腹の痛みは改善しました。
当院では、西洋医学的には原因不明の体調不良や、ストレスが関連する心身の不調に悩む多くの方々にご来院いただいております。
鍼灸治療という選択肢が、あなたの心と身体を健やかな状態へと導くお手伝いができるかもしれません。
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