太陽の火が最上?お灸の火の付け方の歴史と思想|鍼灸の世界・10

お灸に火をつける道具は何が最上か?

お灸の「火」は 太陽光がベスト・写真1

現代のお灸では、
点灸(昔ながらの艾(もぐさ)をひねってツボにすえるお灸)では「お線香」、台座灸(せんねん灸などが有名)では「ライター」で火をつけることが多いです。

われわれ現代鍼灸師にとって、お線香=当たり前すぎる道具だし、なんなら「効率的に火がつけば何でもいい」と考える人が多いです。

しかし、中世以前の中国や日本では、「どのような火でお灸をするか」が医学書に記されるほど重要な問題でした

興味深いことに、古典医学では「もぐさに単に火がつけばよい」とは考えられていませんでした。

火にはそれぞれ性質があり、良い火・悪い火が存在すると考えられていたのです。

本記事では、中世の医学書に見られるお灸の着火法を紹介し、その背景にある思想と、実際の施灸がどう行われていたのかを考えてみます

※なお、中世の中国風のイラストは勝手な想像です(;^ω^)

古典に記されたお灸の火

お灸の「火」は 太陽光がベスト・写真2

結論として、中世では「太陽の火」が最上とされていました

唐代の医学書である『千金要方』『千金翼方』、さらに『黄帝明堂灸経』には、灸に用いる火についての記述があります。

太陽光

古典の中で最も優れた火とされたのが、太陽光から得た火です。

方法は単純で、水晶やレンズ状の器具(火珠)を用いて日光を集め、もぐさに着火していました。

太陽

火珠(水晶レンズ)

集光

もぐさ

また、水晶だけでなく、磨いた金属鏡(陽燧)で太陽光を集める方法も良いとされました。

現代でいう虫眼鏡による火起こしと同じ原理です。

本当に「水晶レンズで火なんかつくのかよ!?」とお思いの方もいるでしょう。
なので、参考の動画をあげておきます。
※まったく見知らぬ方の動画ですが、収斂発火の部分だけ参考にしてください…(;^ω^)

灯火による着火

曇天や夜間には太陽光が使えません。

そのため古典では、

油灯
灯明
蝋燭

による着火も推奨されています。

特に『黄帝明堂灸経』では、清浄な油灯の火を用いることが勧められています。

火打石による着火

鉄と石を打ち合わせて火花を飛ばし、それをもぐさに移す方法も記されています。

火打石

火花

もぐさ

これは日本でも近世まで一般的だった火起こし法です。

「八木の火」を避けよ

古典医学で特に有名なのが、「八木火禁忌」です。

『小品方』や『千金要方』系統の文献では、特定の樹木の火を灸に用いることを禁じています

文献によって多少異なりますが、








などが挙げられます。

つまり、





もぐさ

という方法は、少なくとも理論上は好ましくないとされたのです。

なぜ推奨や禁忌があったのか

現代人から見ると、「なぜ太陽の火は良くて、松の火は駄目なのか?」と思うかもしれません。

しかし当時の医学は、現代医学とは異なる世界観の上に成り立っていました。

天の火は清浄という思想

お灸の「火」は 太陽光がベスト・写真3

中国医学や道教思想では、太陽は陽気の源と考えられていました

太陽から直接得た火は、

最も純粋
人工的な汚れがない
天の力を宿す

と理解されていました。

そのため、



太陽



人体

という流れは理想的なものと考えられたのです。

木火禁忌の背景

一方、樹木にもそれぞれ固有の性質があると考えられていました。

松の火は病を長引かせる、
柏の火は精神に悪い影響を与える、
などの説明が見られます。

もちろん現代科学的な根拠はありません。

これは陰陽五行思想や民間信仰に基づく解釈と考えられます。

つまり、

「どの木から生まれた火か」

まで含めて火の性格が決まるという発想です。

実際にはどうだったのか

ここで重要なのは、『古典に書かれた理想と、実際の医療現場は必ずしも一致しない』ということです。

水晶レンズでの着火は理論上は最高位でした。

しかし実用面を考えると問題があります。

晴天でなければ使えない
夜は使えない
水晶は高価
集光には時間がかかる

そのため、

毎日の診療で常用されたとは考えにくいでしょう。

宮廷や寺院などで象徴的に行われた可能性はありますが、一般的な施灸法だったかは分かりません。

最も現実的だったのは灯火か

むしろ現実には、

油灯
灯明
炭火
囲炉裏
保存していた火種

などから着火した可能性が高いと考えられます。

当時は火そのものが貴重でした。

毎回新たに火を起こすよりも、家庭や寺院にある火種を利用する方がはるかに合理的です。

木の枝で火をつけたのか

しばしば、

「昔は燃える木の枝でお灸に火をつけていたのではないか」

と言われます。

実際に火種を運ぶために、

小枝
燃えさし
火縄

などが使われた可能性は十分あります。

しかし現存する医学書を見る限り、

「灸は木の枝で着火せよ」

という規定は確認できません。

むしろ理論上は木火を避ける傾向が見られます。

したがって、

木の枝は火を運ぶための実用品としては使われたかもしれませんが、医学的に推奨された着火具ではなかったと考えられます。

現代のお灸の火の付け方

お灸の「火」は 太陽光がベスト・写真4

現在のお灸では、火の由来はほとんど問題にされません。

重視されるのは、
安全性
利便性
安定した燃焼
…です。

一般的には、

線香
マッチ
ライター
ガス式点火器

などが使われます。

特に家庭用の台座灸では、線香が最も一般的です。

線香

お灸

という方法は、近代以降に定着した比較的新しいスタイルと言えます。

鍼灸師としての感想とまとめ

お灸の「火」は 太陽光がベスト・写真5

現代ではほとんど顧みられることのない「お灸の火のつけ方」に焦点をあてて書いてきました。
面白いですよね。

お灸に用いる「火そのもの」に優劣があると考えられていたなんて…。

理想とされた火は、火珠や陽燧によって太陽光から得た火です。
次いで灯火や火打石の火が良いとされ、特定の樹木から生じる火は避けるべきだと説かれました。

悪い火というのがあるのも興味深いです。
なんなら、木の枝で火をつけた方が合理的かつ効率的だというのが、現代人の感覚ですよね。

太陽を最上とする思想は、当時の宗教思想に基づくものでしょう。

なので、
本音と建前ではないですが、おそらく日常の施灸では、灯明や炭火など身近な火種が利用されていた可能性が高いでしょう。

しかし本当に興味深いですよね。

こういうことを調べていくと、
時代ごとの生活スタイルや気候、文化、風習などによって大きく制約されたと分かります。

カレンダー的に「鍼灸を忌む日」などというのもありましたしね(逆に推奨する日もある)。

時代時代の人々が、どのような「常識」を持って鍼灸を行ったり受けたりしていたのか…。
現在の鍼灸の「在り方」も、後世からしたら不思議に思えるような「常識」に縛られているのかもしれませんね。
われわれには当たり前すぎて気づかないような常識に…。

興味は尽きません。