47歳、最後の採卵がうまくいかなかった症例
最後の採卵と決めて挑戦した鍼灸治療
近年、晩婚化や晩産化が進み、不妊に悩むご夫婦が増加傾向にあります。
不妊治療の方法も多様化する中で、鍼灸治療が体質改善や心身のリラックスに効果があるとして注目を集めています。
とくに、体外受精などの高度生殖医療と並行して鍼灸治療を受けることで、卵子の質向上や着床率の改善などが期待されています。
しかし、鍼灸治療は魔法ではありません。
患者様の状態や年齢、治療期間など、様々な要因が結果に影響を与えます。
今回は、40代後半の患者様が最後の採卵に挑むにあたり、当院で行った鍼灸治療の症例をご紹介します。
結果としては採卵に至りませんでしたが、限られた時間の中で患者様の心身をサポートするために行った施術内容や東洋医学的な考察を通して、当院の治療に対する考え方や姿勢をお伝えできればと思います。
この記事を通して、不妊治療でお悩みの方、鍼灸治療に興味をお持ちの方に、少しでも希望と安心をお届けできれば幸いです。
患者さまについて
年齢・性別:
47歳女性。
鍼灸院に来るまでの経緯:
30代の頃から子宮筋腫を指摘されており、7年前から妊活を開始されました。
当初は自然妊娠を試みましたがうまくいかず、6年前に開腹手術で子宮筋腫を摘出しました。
その後、不妊治療専門の病院を受診し、年齢的な要因も考慮して顕微授精を勧められました。
数回の体外受精を経て、3年前に一度妊娠に至りましたが、心拍確認後に流産というおツラい経験をされました。
その後、妊活を中断していましたが、2ヶ月前に再び妊活を決意し、別の病院へ転院。
採卵に臨んだものの、卵子が育たずに治療は一旦リセットとなりました。
「今回を最後の挑戦にしたい」という強い思いを抱え、次の採卵に向けてできる限りのことをしたいと、鍼灸を取り入れるために当院へ来院されました。
婦人科系の症状以外には、長年の首肩こり、動くと電撃のような痛みが走る背中の痛み、そして仕事による強いストレスを抱えていました。
年齢、過去の治療経過、そして「最後の挑戦」という強い意志。
これらの背景をしっかりと受け止め、患者様にとって最善のサポートができるよう、治療計画を立てていくこととなりました。
東洋医学的考察
東洋医学では、妊娠・出産は「腎(じん)」の働きと深く関わっていると考えます。
「腎」は生命の根源的なエネルギーを蓄える場所であり、成長・発育、生殖機能を司ります。
今回の患者様は40代後半という年齢から、腎の機能低下、すなわち「腎虚(じんきょ)」の状態にあると考えられました。
また、過去の流産や手術の既往歴、そして長年のストレスから、「瘀血(おけつ)」と呼ばれる血の巡りの滞りも生じていると判断しました。
「瘀血」は血の流れが滞ることで様々な不調を引き起こし、子宮や卵巣への血流不足にも繋がります。
さらに、ストレスは「肝(かん)」の機能失調を引き起こし、「気(き)」の巡りを悪くします。
気の巡りが悪くなると、血の巡りも悪くなり、全身の機能低下に繋がります。
これらの東洋医学的な視点から、今回の患者様の状態は「腎虚」を根本に、「瘀血」と「肝気鬱滞(かんきうったい)」が複合的に影響し合っている状態であると捉え、治療方針を決定していきました。
治療方針
始めていらした時点で、患者様は次の生理が始まる直前の時期であり、「次の採卵まで」という限られた時間での治療開始となりました。
そのため、治療の目標を「卵を育てる力(腎の力)を高めること」「既存の不調を極力軽減し、肉体面のコンディションを整えること」「ストレスを緩和し、リラックスを促すこと」の3点に絞りました。
「腎虚」に対しては腎の機能を補う「補腎(ほじん)」、「瘀血」に対しては血の巡りを改善する「活血化瘀(かっけつかお)」、「肝気鬱滞」に対しては気の巡りを整える「疏肝理気(そかんりき)」を基本としました。
脾・肝・腎の気血を補い、巡らせることを目的とした経穴(ツボ)を選定し、鍼灸治療を行いました。
治療経過
1回目:
仰向けで、下腹部の「肓兪(こうゆ)」に浅く鍼を刺した後、下腹部に棒温灸を行いました。
「合谷(ごうこく)」「三陰交(さんいんこう)」「太谿(たいけい)」「太衝(たいしょう)」に置鍼。
うつ伏せで、肩こりの局所には単刺を行いました。さらに、自律神経の調整や血流改善を目的として、「風池(ふうち)」「心兪(しんゆ)」「隔兪(かくゆ)」「肝兪(かんゆ)」「腎兪(じんゆ)」「次髎(じりょう)」に鍼と円皮鍼を併用しました。
2回目以降(週に2回ペース):
2回目の来院時には、初診時に訴えていた背中の電撃のような痛みが大幅に軽減したとのことでした。
これは、鍼灸治療によって血流が改善し、筋肉の緊張が緩和された結果と考えられます。
治療内容は基本的に初回に準じましたが、温める効果を高めるために「関元(かんげん)」に棒温灸を追加。
「三陰交」は鍼ではなく、より温熱効果の高い台座灸に変更しました。
また、その時の体調に合わせて経穴を微調整し、首肩の凝りに対してはパルス鍼(鍼に微弱な電流を流す治療法)も併用しました。
4回目の治療後(生理周期13日目)、採卵の時期が近づいたため、一旦治療は終了となりました。
2ヶ月後、患者様は背中の凝りが辛いと再度来院されました。
「やはり採卵はできなかった(卵が育たなかった)」というご報告を受け、今回で妊活を終了することを決めたとのことでした。
この日は、患者様のこれまでの頑張りを労い、心身のリラックスを促すことを中心とした治療を行いました。
使用した主なツボとその代表的な効果
肓兪(こうゆ):
おへその横に位置し、生殖器系の機能調整、血流改善に効果があるとされています。
合谷(ごうこく):
手の甲に位置し、全身の気の巡りを整え、鎮痛作用があるとされています。
三陰交(さんいんこう):
内くるぶしの上部に位置し、婦人科疾患、冷え性、むくみなどに効果があるとされています。
太谿(たいけい):
内くるぶしとアキレス腱の間に位置し、腎の機能を高め、足腰の冷えや痛み、不妊などに効果があるとされています。
太衝(たいしょう):
足の甲に位置し、肝の機能を整え、ストレス、イライラ、月経不順などに効果があるとされています。
関元(かんげん):
下腹部に位置し、生命エネルギーの源となる場所とされ、全身の機能低下、冷え性、不妊などに効果があるとされています。
風池(ふうち):
首の後ろに位置し、首肩こり、頭痛、眼精疲労などに効果があるとされています。
心兪(しんゆ):
背部に位置し、精神安定、不眠、動悸などに効果があるとされています。
隔兪(かくゆ):
背部に位置し、血の巡りを整え、消化器系の不調などに効果があるとされています。
肝兪(かんゆ):
背部に位置し、肝機能を整え、ストレス、イライラ、目の疲れなどに効果があるとされています。
腎兪(じんゆ):
背部に位置し、腎機能を高め、腰痛、冷え性、不妊などに効果があるとされています。
次髎(じりょう):
仙骨部に位置し、骨盤内の血流を改善し、腰痛、坐骨神経痛、婦人科疾患などに効果があるとされています。
まとめ
今回のケースは、妊活という観点からは残念ながら結果に繋がることはありませんでした。
しかし、限られた時間の中で、患者様の心身の状態を少しでも良い方向へ導くために、最大限の努力を尽くしました。
47歳という年齢、前回の採卵で卵子が育たなかったという状況を考慮すると、体調を整えるにはより多くの時間が必要だったかもしれません。
理想を言えば、3ヶ月程度の期間と10~15回の治療行い、かつ、自宅でもセルフケアでのセルフケアにも取り組んでいただき、腎の虚をどこまで補えるかを見たかったです。
これはもちろん、治療家側の視点での話であり、それで必ず成果が出ると予見できるものではありません。
しかし、私たちは患者様から与えられた時間や回数の中で、いかに最大限の成果を出すかを常に追求していかなければなりません。
もちろん、こちらからも提案はさせていただきますが…。
今回の症例を通して、鍼灸治療が不妊治療において必ずしも成功をもたらすわけではないという現実をお伝えしました。
しかし、私たちは患者様一人ひとりの状況に寄り添い、心身のバランスを整え、本来持っている自然治癒力を引き出すお手伝いをしています。
たとえ結果に繋がらなかったとしても、治療を通して患者様の心身が少しでも楽になり、前向きな気持ちで次のステップに進めるようサポートすることこそ、私たちの使命だと考えています。
当院では、不妊治療でお悩みの方に対して、丁寧なカウンセリングを行い、東洋医学的な視点から体質を分析し、お一人おひとりに合わせたオーダーメイドの治療を提供しています。
鍼灸治療だけでなく、生活習慣のアドバイスやセルフケアの方法などもお伝えすることで、患者様がご自身で体調管理ができるようサポートしています。
これをお読みの方で、もしあなたが不妊治療でお悩みでしたら、一度当院にご相談ください。
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