不眠症への鍼灸症例|千葉市在住20代女性

不眠症への鍼灸症例

不眠症への鍼灸症例・写真1

仕事や人間関係におけるプレッシャーは、私たちの心と身体のバランスを崩し、様々な不調を引き起こす原因となります。
その中でも、「眠れない」という悩み、すなわち「不眠」は、多くの方が経験する深刻な問題の一つです。

夜、布団に入っても目が冴えてしまう。
寝付いてもすぐに目が覚めてしまう。
朝起きても疲れが取れていない。
このような状態が続くと、日中の集中力や気力の低下はもちろん、めまい、頭痛、肩こり、胃腸の不調、さらには気分の落ち込みといった、心身両面にわたる様々な症状を引き起こしかねません。

今回は、実際に当院で不眠の治療を受けられた20代女性の患者様の症例をご紹介します

鍼灸治療がどのように心と身体に働きかけ、穏やかな眠りを取り戻すお手伝いができるのかをお伝えしていきたいと思います。

患者さまについて

年齢・性別:
20代女性・千葉市在住

鍼灸院に来るまでの経緯:
元々は朝までぐっすり眠れる睡眠をとられていました。
しかし、約2年前、職場での異動が大きな転機となります。

新しい部署で強いストレスを感じるようになり、不眠が出始めました。
日中の仕事中も倦怠感が強く、肌荒れもし、仕事に集中できない日々が続きました。

不眠だけでなく、めまいや頭痛にも悩まされるようになり、心療内科を受診。
医師からは、睡眠導入剤と精神安定剤を処方されました。
そして、心身の回復のため、1ヶ月間の休職を余儀なくされました。

休職期間中、薬の効果もあってか少し改善が見られたとのこと。

復職後も、仕事が忙しくなったり、ストレスを感じる出来事があると睡眠の状態は悪化しました。

「薬以外の方法で、根本的にこの不眠を改善できないだろうか」と考え、鍼灸治療に興味を持たれ、ご来院を決意されました。

不眠以外の症状:
・大腿部の不随意運動(意思とは関係なくピクピクと動く)。
・体重減少。
・じんましん。
・足の冷え。
・慢性疲労。

これらの症状は、一見するとそれぞれ別の問題のように思えますが、東洋医学的な視点から見ると、すべてが根底で繋がっていると考えられます。

東洋医学的考察

東洋医学では、私たちの身体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」という3つの要素が互いにバランスを取りながら循環することで、健康が維持されていると考えます。

【気】
生命活動の根源となるエネルギー。身体を温め、内臓の働きを活発にし、免疫力を維持するなど、目には見えない様々な働きを担っています。元気や気力のもとです。

【血】
全身に栄養を運び、潤いを与える物質。西洋医学の血液に近い概念ですが、精神活動を安定させる働きも含まれます。

【水】
血液以外の体液全般(リンパ液、汗、涙など)を指し、身体を潤し、老廃物を排出する働きがあります。

また、これらの気・血・水は、「五臓(肝・心・脾・肺・腎)」と呼ばれる、身体の機能を統括するシステムによって生成され、コントロールされています。五臓は単なる臓器ではなく、それぞれが関連し合いながら、心と身体全体の調和を保っています。

この患者さまの東洋医学的な診察(脈診、腹診、舌診など)の結果、以下のように判断しました。

■気血両虚(きけつりょうきょ):とくに血虚(けっきょ)が主体

「気」と「血」の両方が不足している状態です。
とくに「血」の不足(血虚)が顕著であると判断しました。

睡眠に関して、「血」は精神を安定させる働き(養心安神)があるため、不足すると寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなります。

めまい・頭痛に関して、 「血」が不足すると、脳に十分な栄養が行き渡らず、めまいや頭痛が起こりやすくなります。

体重減少に関して、 「気」「血」は消化吸収を担う「脾」の働きとも関連が深く、不足すると食欲不振や消化不良、体重減少につながります。

じんましんに関して、 「血」の不足は、皮膚の乾燥やバリア機能の低下を招き、外からの刺激に過敏になり、じんましんなどの皮膚症状を引き起こすことがあります。

大腿部の不随意運動に関して、「血」は筋肉に栄養を与え、その動きを滑らかにする働き(濡養筋脈)があります。不足すると、筋肉が栄養不足となり、痙攣(けいれん)やひきつりが起こりやすくなります。

■気滞(きたい)

「気」は不足しているだけでなく、その流れも滞っている(気滞)状態も見られました。
これは、ストレスが主な原因と考えられます。気の流れがスムーズでないと、様々な不調を引き起こします。

不眠に関して、気の流れが滞ると、イライラや不安感が高まり、寝つきが悪くなります。

頭痛に関して、特にストレスを感じた時に悪化する締め付けられるような頭痛は、気滞の特徴的な症状の一つです。

■五臓では「心(しん)」と「肝(かん)」の変動

東洋医学でいう「心」は、精神・意識・思考活動を主宰する場所です。
「血」を全身に送り出すだけでなく、「心血」が精神を安定させる役割を担います。
患者さまの場合、血虚により「心」の働きが不安定になり、不眠や不安感につながっていると考えられました(心血虚)。
「肝」は、感情のコントロールや自律神経系のバランス、そして「気」の流れをスムーズに保つ働き(疏泄作用)を担います。
ストレスの影響を最も受けやすい臓腑であり、ストレスによって「肝」の機能が乱れると、気の流れが滞り(肝気鬱結)、イライラや頭痛、不眠などを引き起こします。
患者さまの場合は、異動による強いストレスが「肝」に影響を与え、気滞を生み出していると考えられました。

これらの考察から、ストレスによる「気」「血」の消耗と、それに伴う「気」の流れの滞り、そして「心」と「肝」の機能失調が複雑に絡み合った結果であると捉えました。

治療方針

上記の東洋医学的な考察に基づき、以下の治療方針を立てました。

■補気養血(ほきようけつ)
不足している「気」と「血」を補い、心身のエネルギーと栄養を満たすこと。
特に精神安定に関わる「心血」を養うことを重視します。

■疏肝理気(そかんりき)
ストレスによって滞っている「肝」の気の流れをスムーズにし、精神的な緊張を和らげ、自律神経のバランスを整えること。

■安神定志(あんじんていし)
高ぶった神経を鎮め、精神を安定させ、自然な眠りを促すこと。

これらの目的を達成するために、鍼(はり)と灸(きゅう)を組み合わせ、患者さまのお身体の状態に合わせて適切なツボを選び、刺激の種類や量を調整していく、オーダーメイドの治療を行うこととしました。

治療経過

1回目:
仰向けで、「天枢(てんすう)」に、棒温灸(火をつけたお灸を皮膚に近づけて温める方法)でじんわりと温めました。
これにより、内臓の働きを整え、全身の血行を促進します。
その後、持続的な刺激を与えるために、小さな鍼がついたシール状の円皮鍼(えんぴしん)を貼付しました。
精神安定や自律神経調整に効果的な「合谷(ごうこく)」「太衝(たいしょう)」、胃腸の働きを高め、気血を補う「足三里(あしさんり)」、婦人科系の不調や冷えにも効果的な「三陰交(さんいんこう)」といったツボに、鍼を刺して一定時間置く「置鍼(ちしん)」を行いました。
冷えが強かった足先には、ホットパックを当てて、心地よく温めました。

うつ伏せで、首肩の緊張を和らげる「完骨(かんこつ)」、精神安定に関わる「心兪(しんゆ)」、血の生成や循環に関わる「膈兪(かくゆ)」「肝兪(かんゆ)」、消化吸収を助ける「脾兪(ひゆ)」に置鍼を行いました。
精神安定作用の高い「神堂(しんどう)」や、自律神経のバランスを整える「至陽(しよう)」には、米粒ほどの大きさのもぐさを直接皮膚に乗せて燃やす「点灸(てんきゅう)」を行いました。
チクッとした熱刺激が特徴ですが、身体の深部にまで効果が届きやすいお灸です。

2回目~5回目(週1回ペース):
基本的には1回目の施術内容を踏襲しつつ、毎回、その日の体調や症状の変化(睡眠の状態、頭痛やめまいの有無、足のピクピク感など)を詳しくお伺いし、状態に合わせてツボの選択や刺激量を微調整しました。

例えば、ストレスを感じた週は「肝」の気を巡らせるツボを追加したり、胃腸の調子が悪い時はお腹への温灸の時間を長くしたりしました。

結果的に回数を重ねるごとに、睡眠の状態は着実に改善していきました。

5回目の施術が終わる頃には、睡眠状態は最初より改善していました。
もちろん、仕事が非常に忙しかったり、強いストレスがかかったりすると、一時的に寝つきが悪くなる日もあるとのことでしたが、以前のように何日も不眠が続くということはなくなり、ご自身で「少し休めばまた眠れるようになる」という感覚を取り戻されていました。

これ以上の改善には、ご自身の生活習慣の見直し(睡眠環境を整える、リラックスする時間を作るなど)やストレスマネジメントも重要であること、そして現在の状態であれば、薬を調整しながらでも十分に日常生活を送れるレベルまで回復したと判断し、ご本人と相談の上、一旦、定期的な鍼灸治療は終了としました。

使用した主なツボとその代表的な効果

合谷(ごうこく):
手の甲、親指と人差し指の骨が交わる手前のくぼみ。
全身の「気」の巡りを調整する代表的なツボ。
頭痛、歯痛、目の疲れ、肩こり、精神安定、ストレス緩和など、幅広い効果が期待できます。

太衝(たいしょう):
足の甲、親指と人差し指の骨が交わる手前のくぼみ。
気の流れをスムーズにする(疏肝理気)作用があります。
ストレス、イライラ、目の充血、頭痛、めまい、不眠、生理不順などに効果的です。
合谷と合わせて「四関(しかん)」と呼ばれ、全身の気血の巡りを改善する組み合わせとしてよく用いられます。

足三里(あしさんり):
膝のお皿の下、外側のくぼみから指4本分下がったすねの骨の外側。
「脾胃(消化吸収)」の機能を高め、「気」「血」を補う代表的なツボ。
胃腸の不調、食欲不振、全身倦怠感、足の疲れ、免疫力向上などに効果があります。
健康長寿のツボとしても有名です。

三陰交(さんいんこう):
内くるぶしの最も高いところから指4本分上がったすねの骨の後ろの際。
「肝」「脾」「腎」の3つの陰の経絡が交わる重要なツボ。
婦人科系の症状(生理痛、生理不順、更年期障害など)、冷え性、むくみ、消化器系の不調、精神安定などに幅広く用いられます。血を補う作用も期待できます。

天枢(てんすう):
おへその左右、指3本分外側のところ。
大腸の働きを整える重要なツボ。
便秘、下痢、腹痛、お腹の張りなどに効果的です。
腹部を温めることで、内臓全体の機能を高め、リラックス効果も促します。

完骨(かんこつ):
耳の後ろにある骨の突起(乳様突起)の下の後ろ側のくぼみ。
頭部への血流を改善し、頭痛、めまい、耳鳴り、首や肩のこり、不眠などに効果があります。

心兪(しんゆ):
背骨(第5胸椎棘突起)から左右に指2本分外側のところ。
「心」の働きを整える背中の重要なツボ。
動悸、息切れ、不眠、不安感、胸の痛み、精神的な不安定さなどに効果的です。

膈兪(かくゆ):
背骨(第7胸椎棘突起)から左右に指2本分外側のところ。
「血」に関わる重要なツボ。
血行不良、貧血、吐き気、しゃっくり、胸や脇の痛みなどに用いられます。
血虚の改善にも繋がります。

肝兪(かんゆ):
背骨(第9胸椎棘突起)から左右に指2本分外側のところ。
「肝」の働きを整える背中の重要なツボ。
ストレス、イライラ、目の疲れ、脇腹の張りや痛み、婦人科系の不調などに効果的です。
気の流れをスムーズにします。

脾兪(ひゆ):
背骨(第11胸椎棘突起)から左右に指2本分外側のところ。
「脾」の働きを整える背中の重要なツボ。
消化不良、食欲不振、胃もたれ、下痢、全身倦怠感、むくみなどに効果があります。
気血を生み出す源を整えます。

神道(しんどう):
第5胸椎の下のところ。
名前の通り、精神(神)を落ち着かせる作用があります。
動悸、不安感、不眠、胸部の苦しさなどに効果的です。

至陽(しよう):
背骨の上、左右の肩甲骨の下を結んだ線の真ん中あたり(第7胸椎棘突起の下)。
自律神経のバランスを整える働きがあると言われています。
背中の痛みやこわばり、胃腸の不調、咳などにも用いられます。

まとめ

今回ご紹介した患者さまの症例は、現代社会に生きる多くの方が抱える可能性のある「ストレスによる不眠」に対する鍼灸治療の有効性を示す一例です

この症例を通して、以下の点が鍼灸治療の大きな特徴であり、魅力であると言えます。

・根本原因へのアプローチ:
表面的な症状だけでなく、東洋医学的な視点から不調の根本原因を探り、体質そのものを改善することを目指します。

・心身両面への効果:
身体の不調だけでなく、精神的なストレスや自律神経の乱れにも働きかけ、心と身体全体のバランスを整えます。

・自然治癒力の向上:
人間が本来持っている「治る力」を引き出し、薬に頼らずに健康な状態を取り戻すお手伝いをします。

・オーダーメイド治療:
一人ひとりの体質や症状、生活環境に合わせて、最適なツボや施術法を選択し、きめ細やかな治療を行います。

・副作用が少ない:
薬物療法のような副作用の心配が少なく、身体に優しい治療法です。

もちろん、鍼灸治療の効果の現れ方には個人差があり、全ての不眠が鍼灸だけで完全に解決するわけではありません。

しかし、薬に頼らない治療法を求めている方にとって、鍼灸は非常に有効な選択肢となり得ます。

もしあなたが、
なかなか寝付けない、夜中に何度も目が覚める
朝起きても疲れが取れていない
睡眠薬や安定剤に頼りたくない、減らしていきたい
…といったお悩みをお持ちでしたら、ぜひ一度、当院にご相談ください。

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