PCOSでの排卵障害がある不妊への鍼灸症例|鎌ケ谷市在住20代女性
生理不順(PCOSでの排卵障害)がある不妊への鍼灸症例
「赤ちゃんが欲しい」という思いは、かけがえのないものです。
しかし、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)があること、排卵障害による生理不順や不妊の大きな原因の一つとなってしまいます。
今回は、実際に当院に来院され、PCOSによる排卵障害と向き合いながら、鍼灸治療によって妊娠された20代の患者様の症例をご紹介します。
患者さまについて
年齢・性別:
20代女性・鎌ケ谷市在住
鍼灸院に来るまでの経緯:
10代の頃から生理不順に悩まされていました。
生理周期は安定せず、38日から長い時には45日以上かかることもあり、いつ生理が来るのか予測が難しい状態でした。
加えて、生理痛もひどく、毎月のように鎮痛薬が手放せない日々を送っていました。
20歳の頃、不正出血があったことをきっかけに婦人科を受診したところ、「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」と診断されました。
医師からは低用量ピルを処方され、それ以降、生理周期を整えるために服用を続けてきました。
結婚後、自然な流れで赤ちゃんを授かりたいと考え、6ヶ月前からピルの服用を中止し、ご自身で妊活を開始されました。
基礎体温を測り、排卵検査薬を使用しながらタイミングを計っていましたが、なかなか妊娠には至りませんでした。
1ヶ月前に改めて不妊治療も視野に入れて婦人科を受診。
PCOSに加えて、卵巣嚢腫(チョコレート嚢胞)も指摘されました。
今後も妊活のためその他の検査が続く予定です。
同時に、まずは排卵誘発剤(クロミッドなどを想定)を用いたタイミング療法を開始することになりました。
婦人科での治療が始まるタイミングで、「西洋医学の治療と並行して、東洋医学(鍼灸)の力も借りたい」「根本的な体質改善をして、妊娠しやすい身体になりたい」と考え、当院へご来院されました。
主な症状:
・生理不順(周期38~45日)
・強い生理痛(鎮痛薬必須)
・PCOS、卵巣嚢腫(婦人科にて診断)
・足先の冷え
・肩こり、腰痛(特に夕方から夜にかけて疲労感とともに増悪)
東洋医学的考察
東洋医学では、私たちの身体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」という3つの要素がバランス良く巡ることで健康が保たれていると考えます。
「気」は生命エネルギー、「血」は血液とその働き、「水」は血液以外の体液全般を指します。これらのいずれかが不足したり、滞ったり、偏ったりすることで、様々な不調が現れると捉えます。
お身体の状態(脈、舌、お腹の状態など)を診させていただいた結果、主に以下の点が考えられました。
■血瘀(けつお)
「血(けつ)」の巡りが滞っている状態です。
これが、長年の悩みである生理不順、強い生理痛、そしてPCOSによる排卵障害の大きな要因の一つと考えられました。
骨盤内の血流が悪くなると、卵巣や子宮の機能が低下しやすくなります。
また、肩こりや腰痛も、血行不良が原因で悪化している可能性があります。
PCOSや卵巣嚢腫も、東洋医学的には瘀血が関与しているケースが多く見られます。
■気滞(きたい)
「気(き)」の巡りがスムーズでない状態です。
ストレスや環境の変化、生活習慣の乱れなどによって引き起こされやすく、自律神経系のバランスの乱れに繋がります。
ホルモンバランスは自律神経と密接に関係しているため、気滞は排卵障害や生理不順を助長する可能性があります。
■陽虚(ようきょ)
身体を温めるエネルギーである「陽気(ようき)」が不足し、身体が冷えている状態です。
Aさんが訴える足先の強い冷えは、この陽虚の典型的なサインです。
冷えは万病のもとと言われるように、血行をさらに悪化させ瘀血を助長します。
また、子宮や卵巣が冷えることは、妊娠にとって好ましい環境ではありません。
■肝・脾・腎の機能低下
東洋医学でいう「肝(かん)」は、気の巡りや血の貯蔵、自律神経系の調整に関わります。
「脾(ひ)」は消化吸収を担い、気血を作り出す源です。
「腎(じん)」は生命エネルギーの根源であり、生殖機能やホルモンバランスと深く関わっています。
これらの臓腑の連携がうまくいかず、特に生殖を司る「腎」の働きが弱まっている(腎虚:じんきょ)可能性も考えられました。
これらの要素が複雑に絡み合い、身体全体のバランスが崩れ、結果としてPCOSの症状が現れ、妊娠しにくい状態になっていると判断しました。
西洋医学的なPCOSという診断名だけでなく、東洋医学的な視点から患者様独自の「体質」を見極めることが、根本的な改善への第一歩となります。
治療方針
東洋医学的な考察に基づき、「妊娠しやすい身体づくり」をサポートするために、以下の点を重視した治療方針を立てました。
■瘀血(おけつ)の改善
最も重要と考えられた血の滞り(瘀血)を改善するため、全身および骨盤内の気血の巡りを促進します。
これにより、滞っていた古い血が流れ、新鮮な血が子宮や卵巣に行き渡るように促します。
生理周期の安定化、生理痛の緩和、そして卵巣機能の活性化を目指します。
■冷えの改善
不足している陽気を補い、身体、特に生命活動の根幹である下腹部(丹田)や、冷えやすい足先を温めます。
温灸(棒灸や点灸)やホットパックなどを効果的に用い、深部から温熱効果を与えることで血行を促進し、子宮や卵巣が本来の働きを取り戻せる温かい環境を作ります。
■気滞(きたい)の解消と自律神経系の調整
滞っている気の流れをスムーズにし、心身の緊張を和らげます。
鍼刺激は自律神経系のバランスを整える効果が期待でき、ストレス緩和にも繋がります。
これにより、ホルモンバランスの乱れを整え、排卵しやすい状態へと導きます。
■「腎(じん)」の強化
生殖機能を司る「腎」の働きを高めるツボを選定し、優しく刺激します。
生命エネルギーの根源である腎を補うことで、身体全体の活力を高め、妊娠・出産に必要なエネルギーを蓄えます。
■「肝(かん)」「脾(ひ)」の調整
血の巡りや生成に関わる肝・脾のバランスも整え、身体全体の機能を底上げします。
これらのアプローチを、その日の体調、生理周期、婦人科での治療状況などを細かく確認しながら、毎回最適なツボを選び、鍼の深さや刺激量、温灸の種類などを調整する、完全オーダーメイドの施術を心がけました。
治療経過
1回目(生理周期11日目):
在の体調や婦人科での治療状況(生理5日目から排卵誘発剤を服用中、これからフーナーテストなどの検査が続くこと)を確認しました。
仰向けで、腕や足のツボ(曲池、築賓、太谿、三陰交など)に置鍼(鍼を刺したまま一定時間置く方法)。
冷えが強い足先にはホットパックを当てて温めました。
硬さが気になる下腹部と、身体の中心である「関元」というツボには、棒灸でじっくりと温めた後、さらにピンポイントで熱を浸透させる点灸を行いました。
うつ伏せでは、肩こりのポイントに単刺(鍼を刺してすぐに抜く方法)を行い、背中の自律神経や血行に関わるツボ(心兪、膈兪、肝兪、三焦兪、次髎など)、そして身体の軸となる背骨周辺のツボ(神道、至陽)にもアプローチしました。
2回目(2週間後):
生理周期25日目。
前回の鍼灸治療後、婦人科で卵胞チェックを受け、タイミング指導があったこと、その後、黄体ホルモン補充の治療を行ったことなどを伺いました。
この日も、基本的な治療方針は前回と同様に、気血水の巡りを整え、冷えを改善し、自律神経を調整する施術を行いました。継続することで、身体が良い方向へ変化していくことを実感していただけるよう、丁寧な施術を心がけました。
3回目(さらに2週間後):
生理周期39日目。
2日前にご自身で妊娠検査薬を試したところ陽性反応が出て、昨日婦人科でも陽性が確認されたとのこと。
私たちも心から嬉しく、一緒に喜びを分かち合いました。
妊娠初期特有の症状として、身体のだるさや軽い胃のむかつき(つわり)が出始めているとのことでした。
ここからは、治療の目的を「妊娠の維持」と「つわりの軽減」に切り替えました。
妊娠初期はデリケートな時期なので、鍼の刺激量はソフトにし、母体の安定に効果があるとされるツボ(内関、足三里、太谿、三陰交など)を選び、浅く置鍼しました。
腹部への温灸は継続し、特に胃のむかつきに関連する上腹部の硬さを和らげるようアプローチしました。
うつ伏せの施術も、負担にならないよう配慮し、安胎作用のあるツボや背中の緊張を和らげるツボ(心兪、膈兪、肝兪、次髎、至陽、命門など)に優しくアプローチしました。
4回目~7回目(2週間に1回のペース):
妊娠7週~13週頃。
妊娠初期の不安定な時期を乗り越えられるよう、継続してサポートさせていただきました。
つわりは幸いにも比較的軽く、日常生活に大きな支障が出るほどではありませんでした。
施術内容は3回目と同様に、安胎とつわり軽減を目的としたソフトな刺激を中心に行い、毎回体調の変化を注意深く確認しながら進めました。
妊娠13週頃には、つわりの症状もほとんどなくなり、体調も安定してきました。
妊娠初期の不快な症状が落ち着き、安定期に入ったことから、ご本人とも相談の上、この段階で一区切りとして鍼灸治療は一旦終了としました。
約3ヶ月、計7回の治療期間でした。もちろん、今後、妊娠中のマイナートラブル(腰痛、むくみ、逆子など)があれば、いつでもマタニティ鍼灸としてサポートできることをお伝えしました。
使用した主なツボとその代表的な効果
・三陰交(さんいんこう):
内くるぶしから指4本分上にあるツボ。
「婦人の三里」とも呼ばれ、生理不順、生理痛、不妊、冷え性など、婦人科系のあらゆる症状に効果が期待できる重要なツボです。
骨盤内の血流を改善する働きもあります。
・次髎(じりょう):
仙骨(お尻の骨)にあるツボの一つ。
骨盤内の臓器(子宮、卵巣など)の血流を促進し、機能を高める効果があります。
生理痛や腰痛にも有効です。
・関元(かんげん):
おへそから指4本分下にあるツボ。
「丹田」とも呼ばれ、生命エネルギーが集まる場所とされています。
身体を温め、生殖能力や泌尿器系の機能を高める効果があり、不妊治療には欠かせないツボの一つです。
温灸を行うことで、より深い効果が期待できます。
・膈兪(かくゆ):
背中、肩甲骨の下端を結んだ線の高さにあるツボ。
「血会(けつえ)」とも呼ばれ、血の病全般に効果があるとされる重要なツボです。
・太谿(たいけい):
内くるぶしとアキレス腱の間にあるくぼみのツボ。
「腎経」という経絡に属し、生命エネルギーの源である「腎」の働きを高めます。
冷え性、むくみ、疲労回復などに効果的です。
・命門(めいもん):
腰部、おへその真裏あたりにあるツボ。
「生命の門」という意味を持ち、腎の陽気を補い、身体を温める強力な作用があります。
腰痛や冷え、生殖能力の低下に用いられます。
・内関(ないかん):
手首の内側のしわから指3本分肘側にあるツボ。
精神的な緊張を和らげ、自律神経のバランスを整える効果があります。
乗り物酔いやつわりによる吐き気、胃の不快感を抑える効果でも知られています。
・足三里(あしさんり):
膝のお皿の下、外側のくぼみから指4本分下にあるツボ。
胃腸の調子を整える代表的なツボで、消化吸収を高め、全身のエネルギーを高めます。
つわりによる食欲不振や胃のむかつきにも効果が期待できます。
・神道(しんどう)、至陽(しよう):
背骨の上にあるツボ。
自律神経の調整に関わり、精神安定作用や、背中のこわばりを和らげる効果があります。
これらのツボはほんの一例であり、実際にはその日の脈やお腹の状態、舌の色などを総合的に判断し、最も効果的と考えられるツボを選び、鍼の深さ、置鍼時間、お灸の種類(棒灸、点灸、円皮鍼など)を細かく調整しながら施術を行いました。
一人ひとりの身体の声に耳を傾け、最適なアプローチを探求することが、東洋医学・鍼灸治療の醍醐味であり、効果を高める鍵となります。
まとめ
今回ご紹介した患者様の症例は、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)による排卵障害という、妊娠へのハードルを抱えながらも、鍼灸治療を通じて心身のバランスを整え、見事に妊娠・初期の安定へと繋がった一例です。
婦人科での排卵誘発剤を用いたタイミング療法と並行して鍼灸治療を行ったことが、良い結果に繋がった要因の一つと考えられます。
西洋医学的なアプローチで直接的に排卵を促し、東洋医学的なアプローチで身体全体の土台(血行、冷え、自律神経、ホルモンバランスなど)を整える。
この二つの歯車が噛み合うことで、妊娠に至る確率を高める相乗効果が期待できるのです。
あなたの「赤ちゃんを迎えたい」という願いを、全力でサポートさせていただきます。
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