鍼灸の名所探訪|江島杉山神社と鍼灸あん摩博物館
鍼灸“Sクラス”名所と両国ぶらり旅

「江島杉山神社(えじますぎやまじんじゃ)」は、日本鍼灸史で富士山のような人物「杉山 和一(すぎやま わいち)」さんを祀る神社です。
このたび初参拝してきました。
「両国ぶらり旅」を兼ねて訪ねてきたので、書いていきます。
JR両国駅から神社まで
神社は東京都の墨田区にあります。
最寄り駅は「JR両国駅」。

両国駅は言わずと知れた「お相撲の駅」。
駅の北側にはホームからも「両国国技館」がみえます。
余談ですが、さらにとなりには「江戸東京博物館」。
江戸東京博物館も2026年3月にリニューアルオープンしたので、そのうち行きたい場所のひとつです。
さて、江島杉山神社は両国駅の反対側(南側)です。
両国駅の周辺は、細い路地もあり下町感が残って、散歩するには良さそうな印象。

江戸時代には、両国橋のたもと(広小路)には、水茶屋、床見世、芝居小屋などが立ち並び、見世物小屋や庶民の娯楽の中心地だったらしいです。

今は小さなお店やマンションや家屋、工場がギッチリ並ぶような、そんな街を歩きながら神社へ向かいます。
所々に「看板」が立っています。
この辺ではこんなことがありましたよ、という看板。

赤穂浪士の討ち入り現場、吉良邸はこの辺だったんですね。
芥川龍之介もこの辺の生まれらしい…。
歩くだけだと単なるお店やビルや住宅地なのですが、こういう歴史看板があるのはいいですね。
歩いていて楽しくなります。
そして、神社に到着。
江島杉山神社

神社は1693年(元禄6年)に創建。
元々は、杉山和一さんの家があった敷地内です。
杉山和一は、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の病気を治した功により、本所一ツ目の土地が与えられました。

与えられた土地は1900坪ほどと言われており、だいたいサッカーグランド1面分くらいらしいです。
神社をこの敷地に設けたのは、江島弁財天(現・江島神社)への参詣を続ける杉山に配慮し、将軍が弁財天を当地に勧請することを許可したのが起源と言われています。
江戸時代は「本所一ツ目弁天社」と呼ばれていたようです。
杉山和一と江島神社
杉山和一さんは「江ノ島」好きです。
あの神奈川県の江ノ島です。
それは、
江ノ島の弁財天の岩屋で天啓を受けたからです。
以下は、杉山和一さんがブレイクするまでの簡単な歴史です。
『幼少期に失明。
17・18歳ごろ、江戸で開業する盲人鍼医・山瀬琢一に入門。
しかし、22歳ごろ、記憶力が悪く技術も向上しなかった為、師の下を破門される。
目の不自由な自分が生きるためには何かを成就大成させねばならぬと、芸能の神であり盲目の守護神でもある江の島弁財天の祠に詣で、岩屋に篭もり生死をかけての断食修行を行う。
神人無我の境地での帰り道、石につまずき倒れた時に手にひろった松葉の入った管から、管鍼術の着想を得たと伝えられている。』
そして京都にのぼり入江流鍼術などの奥儀を学び、再び江戸に出て開業してブレイクします。
さらには綱吉公を治療し、その病気が治癒したことから大きな信頼を得て土地まで拝領しています。
ザ・サクセスストーリー。
金運、財宝, 縁結び、そして芸道上達の功徳があるとして広く信仰される江ノ島の弁財天のご利益かもしれません(いや、本人の努力ですね…)。
そんな理由もあり、老年期になっても杉山和一さんは、江ノ島弁財天までお詣りに行っていたようです。
『老いてもなお江ノ島への月参りを続ける和一の身を案じ、江ノ島弁財天を当地に勧請して祀ることを許され、翌年には荘厳な社殿が建立された。』とのことです。
まずは弁財天として建てられ・慕われ、明治以降も残り、のちに杉山和一さん自身も神様として杉山神社となり、両者が一体で江島杉山神社となったようです。
これが由来です。
江島杉山神社


杉山和一さんの拝領地は明治になり接収となり、「神社だけは残った」ようです。
神社の境内は小ぶりです。
地元で慕われる神社という意味では立派ですが、日本の鍼灸師で知らぬ者がいない「杉山和一ブランド」からすると控えめな神社です。
まぁ、鍼灸自体が控えめだから、分相応とも言えるか…(苦笑)
まずは参拝。
「鍼灸師をしています、ご挨拶に来ました」と。
私は神社の雰囲気を大事にする方だと思っています。
建物の造作や彫り物、鳥居の大きさとか、そういうのはあまり興味がない。
どちらかと言うと、ザックリとした「全体の印象」に心が動くタイプ。
そういう意味で、江島杉山神社は「並み」の印象でした(すみません…)。
でも、「鍼灸師」としてこの場所に立つことでピリッと身が引き締まる思いをしました。
自分の中の鍼灸師の部分が、この場所に反応しているという、普段の神社仏閣巡りでは味わえない感覚でした。
そういう意味で、ここに来る意義は深いな、と感じました。
あとは、
この神社の興味深いところは、本殿(拝殿?)とは別に「岩屋」があることです。
杉山和一さんが江の島で修業した岩窟を模造して作られています。
なので造りモノですが、この岩窟が非常に趣きを醸し出しています。
本殿のとなりに池があり、その清水で銭を洗うと金運アップの効能があるようです。
これは江ノ島の洞窟(奥宮)から湧き出る「銭洗水」でお金を洗い清めることで金運を上げることができる「本家」を模したものと思われます。
さらに、そこから続く小道に導かれるように境内の奥手に向かうと、日が当たらなく少し暗い場所に岩屋の入口はあります。


雰囲気は抜群に良いです。
「陽から陰」、「俗世から隠り世(かくりよ)」への入口のようです。
岩屋中には人頭蛇尾の姿をした宇賀神像、宗像三女神像、杉山和一検校像が祀られています。

岩窟には不思議なパワーが宿るな、と思わされます。
ここでもしっかりお詣りしてきました。
盲人のための鍼灸按摩(あんま)の学校

杉山和一さんは自宅と神社の他に、世界初の視覚障害者教育施設「杉山流鍼治導引稽古所」を拝領地内に開設しています。
この跡地の看板も残っています。
世界初だからね、すごいことです。
そしてその系譜は、現代にもつながっています。
視覚障害者の人たちの職業として「鍼と按摩」は柱になっています。
全国の「視覚特別支援学校(盲学校)」で、今でも教えられています。
「その先駆けの場所がここにあったんだなぁ…」と感慨深く感じました。
学習内容は、おそらく鍼灸術(流派)としては「杉山流」ってことになるのでしょう。
私自身は「杉山流」には詳しくないですが、「鍼管を細かく叩く・複雑に操る」といった手法があったようです。
現在では「鍼管(しんかん)」は鍼を刺入するための補助具のような扱いです。
杉山流では、治療道具としてフル活用していたようですね。
十四管術(じゅうよんかんじゅつ)という、『杉山真伝流』には、鍼管を使って様々な刺激を生み出す14種類もの秘伝の管鍼術が伝わっているそうです。
現代から見れば、鍼の操作ではなく、管の操作がマニアックだ…。
ただし、
「鍼管を使い、細い鍼を痛くなく刺し、優しく治療し、マッサージも組み合わせる」という総合的なスタイルは、杉山流が日本に根付かせた最大の特徴かと思います。
鍼灸あん摩博物館

神社のお詣りを済ませ、次なる目的は「鍼灸あん摩博物館」です。
本殿(拝殿?)のとなりに、黒いシックな建物「杉山和一記念館」があります。
記念館の入口が「社務所」にもなっていて、社務所の女性が対応してくれました。
(ここで御朱印などもらえるようです。)
靴をスリッパに履き替えて、博物館のある2階へ上がる。
あ、ちなみに費用は無料です。
平日かつ開館時間ちょうどのせいか、境内も記念館も誰一人おらず貸し切り状態…。
非常にありがたいシチュエーションでした(笑)
博物館は10~15畳くらいの小さな一室。
杉山流の文献(『杉山流三部書』『杉山真伝流』全巻など)や江戸前中期の古文献もあるが、目を引くのが「経穴人形」。
江戸時代の経穴人形とのこと。
4体ほどあった。
代表穴を凹凸で表現し、それらを経絡を表す線で結んである。
みな正面向きで、背面が見えなかったのが惜しまれる。
1体くらいは後ろ向きにしてくれててもよかったかな。
経穴人形は、時間をかけてまじまじと眺めた。
当時の人がどのようにこの人形を使っていたのかは知る由もないが、何度も何度も触りながら触覚に覚えさせられるのは貴重だったのではないか…。
江戸時代の鍼灸師がどのように学んだのか…、興味は尽きません。
また、八木下勝之助先生の名刺や治療道具も展示されていて、「なぜ八木下翁の名刺が?」と思ったものの、ここを作った人たちに経絡治療の系譜があるのかな?等と推察。
八木下先生、名刺では千葉市の「本千葉辺り」で開業してたようですね。
当時の千葉市の中心街だったのでしょうか?(千葉にはあまり詳しくない…)
ただし同じ千葉県民として親近感わきます。
※なお、ここは写真NGだったため、本当はこここそ見てほしいところなのですが、割愛です。
杉山鍼按摩治療所

神社と博物館を見学したので、「さて帰ろうか」と記念館の1階に降りていくと、社務所の女性から「よければ記帳していって」とノートに住所氏名を促されました。
快く記入していると、
「鍼灸師さんですか?」と聞かれたので「そうなんです」と答える。
「上の治療所でも鍼灸治療を実際にしているけど、受けてみない?」と。
2階には、博物館の部屋と反対側に治療部屋(の入口)があるのは見えていました。
「どのような治療所なんですか?」と聞くと、「普通の鍼灸院とは違って、日替わりで鍼灸師の先生がきて治療している」と。
また、
「若葉マークの鍼灸師の研修場所としても受け入れている」ともおっしゃり、これはきっと「杉山流鍼治導引稽古所」にあやかってでしょう。
治療は予約に空きさえあれば、飛び込みOKのようで、「今日は平日ですいてるようだから、今からなら治療できると思うわよ」と言われ、ついその気になり、「じゃあ、受けていこうかな…」となりました。
2階の治療所に行き、
「下で聞いてきました。予約はないのですが治療を受けられますか?」と聞くと、快く受け入れてくれました。
「鍼ですか?按摩ですか?」と聞かれたので、「鍼で…」と。
その後は、今日の担当のメインの男性鍼灸師さんと補助の女性鍼灸師さんに導かれて施術を受けてきました。
男性の先生は視覚障害のある先生で、経絡治療派の先生でした。
「東洋はり医学会の先生かな!?」などと思うも、純粋に治療を満喫しようと極力無心で受けてきました…。
経絡治療を受けるのは久しぶりでしたが、とてもやさしい治療でした。
補助の女性の先生がお灸担当で、おそらくこの先生は晴眼の先生なのでしょう。
「こういう分担をするんだな、なるほどな~」などと、この辺はついつい無心になれず鍼灸師目線になってしまいましたが…。
施術そのものはほとんど無刺激の施術でしたが、心はいろいろ「刺激」になりました。
いいもんですね、優しいハリ。
休み明け以降の自分の施術にも良い刺激になりましたよ!!
施術を受けて体も温かく軽くなって、その後、両国駅を目指して帰りました。
良い一日でした。
追記:
神社のすぐ近くに杉山和一さんのお墓があったようですが、行きそびれました。
また来い、ということかもしれませんね…(笑)
【参考サイト】
江島杉山神社
http://ejimasugiyama.tokyo/
鍼灸あん摩博物館
https://sugiyamawaichi-kengyou.com/about/shinkyu-anma/

