3人目不妊への鍼灸症例|印西市在住30代女性
3人目不妊への鍼灸症例
今回は、一人目二人目までは自分たちで妊娠していた方が、三人目不妊で悩まれ、病院と鍼灸を活用して妊娠に至った症例をご紹介します。
患者さまについて
年齢・性別:
30代女性・印西市在住
鍼灸院に来るまでの経緯:
患者さまは現在30代後半で、これまでに2人のお子さんを出産されています。
生理周期は23~30日とやや不規則な傾向が元々あります。
一人目の妊活の際は、ご夫婦でタイミングを取られ、1年ほどで自然妊娠、無事に出産されました。
二人目の妊活も同様に、ご夫婦でのタイミングを1年ほど続けられ、自然妊娠・出産に至りました。
三人目の妊活は、約3年前に始められました。
最初の1年間は、これまでの経験もあり、ご夫婦でタイミング法を続けられましたが、なかなか結果に繋がりませんでした。
その後、2年前に婦人科クリニックを受診し、簡易的な検査を受けられました。
しかし、ご夫婦ともに大きな問題はありませんでした。
そこから約1年半、婦人科クリニックにて排卵誘発剤とホルモン補充を行いながらタイミング療法を続けましたが、妊娠には至りませんでした。
半年ほど前に、体外受精も視野に不妊専門病院へ転院されました。
不妊専門病院での検査で、AMH(抗ミュラー管ホルモン)の値が低いことを指摘されました。
AMHは卵巣年齢の目安となる数値であり、この値が低いと採卵できる卵子の数が少なくなる傾向があります。
今から約4ヶ月前、初めての採卵に臨まれ、2個の胚盤胞を凍結することができました。
そして、約3ヶ月前、凍結胚移植に挑戦され、結果は陽性。
しかし、妊娠8週で残念ながら胎児の成長が確認できず、稽留流産と診断され、処置を受けられました。
流産後、回復のために2ヶ月ほどお休み期間を設けられました。
そして、次の生理周期が始まったら、残りの凍結胚移植に再度挑戦する予定となりました。
今回の移植に臨むにあたり、「年齢のこともあるし、前回の流産という経験もある。少しでも良い状態で移植を迎えたい」という強い思いから、鍼灸治療を希望され、当院にご来院くださいました。
そのほかの随伴症状:
・肩こり、腰痛
・冷えのぼせ
・めまい、じんましん、胃痛など自律神経失調症状
これらの症状は、不妊の原因となる可能性も考えられ、全身の状態を整えることの重要性を示唆していました。
東洋医学的考察
東洋医学では、私たちの身体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」という3つの要素が体内を巡り、互いにバランスを取り合うことで健康が保たれていると考えます。
これらのバランスが崩れたり、流れが滞ったりすると、様々な不調が現れます。不妊もまた、この「気」「血」「水」のバランスの乱れが深く関わっていると考えます。
今回ご紹介する患者さまの症状と体質を、東洋医学的な観点から考察しました。
■肝気うつ(かんきうつ)
患者さまはこれまでのお話や日頃の様子から、元々「肝気うつ(かんきうつ)」の傾向があると考えられました。
「肝」は東洋医学において、気の流れをスムーズに保つ働きを担っています。
精神的なストレスや緊張、疲労などが蓄積すると、「肝」の働きが滞り、気の巡りが悪くなります。
これが「肝気うつ」です。
気の巡りが悪いと、全身の機能が低下し、特に自律神経の乱れや精神的な不安定さ(イライラ、落ち込みなど)を引き起こしやすくなります。
患者さまのめまい、じんましん、胃痛といった自律神経失調症状は、まさに「肝気うつ」の典型的なサインと考えられます。
また、気の巡りが悪いと血の流れも滞りやすくなり、冷えや肩こり、腰痛といった症状にも繋がります。
■気血両虚(きけつりょうきょ)
仕事や育児、家事といった日々の生活での疲労が蓄積しており、「気(生命エネルギー)」と「血(血液とその栄養)」が不足している「気血両虚(きけつりょうきょ)」の状態も見受けられました。
気が不足すると、全身の機能が低下し、疲れやすさやだるさ、気力の低下が現れます。
血が不足すると、栄養が全身に行き渡りにくくなり、貧血傾向、肌の乾燥、そして女性の場合、生理不順や生理量の減少、着床に必要な子宮内膜の状態が悪くなるといった問題が生じやすくなります。
お二人の出産経験があるとはいえ、その後の育児や加齢により、気血が消耗していたと考えられます。
■腎虚(じんきょ)
そして、年齢的な要素も考慮すると、「腎虚(じんきょ)」の傾向があると考えられます。
東洋医学における「腎」は、生命力の源であり、成長、発育、生殖機能、ホルモンバランス、老化などと深く関わっています。
「腎」の機能が低下すると、生殖能力が衰えやすくなり、卵子の質の低下や着床率の低下に繋がることがあります。
患者さまのAMH値の低さや、過去の流産経験は、「腎虚」と関連が深いと考えられます。
腰痛も「腎虚」の症状として現れやすいものです。
これらの東洋医学的な診断を総合すると、患者さまは「肝気うつ」による気の巡りの悪さをベースに、日々の疲労や加齢による「気血両虚」と「腎虚」が重なり合い、全体として生命エネルギーと生殖能力が低下している状態であると判断しました。この状態が、三人目の不妊や流産の背景にあると考えられます。
治療方針
上記の東洋医学的な考察に基づき、この患者さまに対する鍼灸治療の全体的な方針を立てました。
■気の巡りの促進:
精神的なストレスや緊張を緩和し、滞った気の流れをスムーズにすることで、自律神経のバランスを整え、心身のリラックスを促します。
これにより、めまいや胃痛といった随伴症状の改善を図り、心穏やかな状態で移植周期を迎えられるようにサポートします。
■気血の補充:
不足している生命エネルギーと栄養を補い、身体の基本的な機能を底上げします。
特に、生殖機能と密接に関わる「腎」の働きを強化することで、卵子の質の向上(直接的ではなく間接的な体質改善として)、子宮内膜の血流改善と厚み・質向上のサポート、着床しやすい環境づくりを目指します。
全身の血流を改善することで、冷えや肩こり、腰痛といった症状も同時に緩和します。
■骨盤内環境の改善と妊娠継続のサポート:
骨盤内の血流を促進することで、子宮や卵巣への血流を増やし、機能を活性化させます。
これは移植の成功率を高めるために非常に重要です。
また、妊娠初期には、妊娠を継続するための体の状態を維持できるよう、流産の既往も考慮し、安定を促すツボを使用するなど、慎重かつ丁寧なアプローチを行います。
治療経過
1回目:移植周期前の準備期間(生理周期待ちの時期)
仰向けで、合谷(ごうこく)、陽陵泉(ようりょうせん)、足三里(あしさんり)、太谿(たいけい)に置鍼。
これらのツボで全身の気の流れと血流を整え、特に消化器系の働きもサポートします。
中脘(ちゅうかん)と関元(かんげん)には棒温灸を当てて温めました。
中脘は胃の不調に、関元はお腹を温めて生殖機能にも関わる重要なツボです。
足先にはホットパックを当てて、全身の冷えを改善しました。
下腹部の血流を特に改善するため、子宮や卵巣に関わるツボに点灸も加えました。
座位でツラい肩こりの部位に単刺(一本一本鍼を打つ)を行い、筋肉の緊張を緩和しました。
うつ伏せで、風池(ふうち)、心兪(しんゆ)、膈兪(かくゆ)、肝兪(かんゆ)、志室(ししつ)、次髎(じりょう)に置鍼。
風池は頭痛や首肩こりに、心兪は精神的な安定や血の循環に、膈兪は血の働きに、肝兪は気の巡りに、志室は腎の働き(生殖機能や腰痛)に、次髎は骨盤内の血流改善に効果が期待できるツボです。
とくに腰のツボ(腎兪など)には円皮鍼(シールタイプの置き鍼)も貼り、持続的な効果を狙いました。
2~4回目(週1回ペース):
生理周期が新しくなり、凍結胚移植までに積極的に体調を整えていく時期。
基本的な治療は1回目に準じましたが、その時々の患者さまの体調や「ツラさ」に合わせて、使用するツボや施術内容を微調整しました。
例えば、肩こりがいつもより気になる週は肩周りのツボへのアプローチを増やしたり、冷えが強い日は温灸を念入りに行ったりと、オーダーメイドの治療を心がけました。
4回目の鍼灸治療を受けられた後に、凍結胚移植を行いました。
5回目(2週後):
移植から1週間後、初回の判定日では、尿中hCGの値が基準値よりやや低く、「妊娠はしているようだがホルモン値が低いため、慎重に様子を見ましょう」という診断だったとのこと。
さらに翌週には「ホルモン値は少し上向いている」とのことでした。
この時期の治療は、着床の維持と妊娠初期の安定を最優先に考えました。刺激量はソフトにし、特に精神的な安定を促すツボを重点的に使用しました。
1回目の治療に準じつつ、鍼や灸の刺激量を全体的にソフトにし、体に負担がかからないように配慮しました。
不安を和らげ、心を落ち着かせる効果のある内関(ないかん)などのツボを加えました。
6・7回目(2週間に1回ペース):
妊娠9週目を迎えられました。
順調に胎児も成長しており、不妊専門病院を無事に「卒業」することができました。
不妊治療は卒業されましたが、妊娠初期にはつわりや体調の変化が現れやすい時期です。
この患者さまも、ちょうどつわりが始まっており、同時に頭痛がひどく、妊娠中なので薬が飲めないことがツラいと訴えていらっしゃいました。
仰向けで、外関(がいかん)、内関(ないかん)、三陰交(さんいんこう)、太谿(たいけい)に浅めの置鍼。
外関と内関はつわりの緩和に効果的と言われるツボです。
三陰交と太谿は、妊娠中のむくみやだるさ、そして流産予防にも使われる重要なツボです。
中脘と関元には引き続き棒温灸を当て、胃の不調を和らげ、下腹部を温めました。
ツラいという頭痛に対しては、頭痛のある側頭部(こめかみなど)に単刺を行い、痛みの緩和を図りました。
うつ伏せで、天柱(てんちゅう)、風池、心兪、膈兪、肝兪、脾兪(ひゆ)に浅めの置鍼。
天柱と風池は首肩こりや頭痛に、脾兪は消化器系の働きを助け、つわりの緩和にも繋がります。
脊中(せきちゅう)には棒温灸を当て、背中全体の血行を促進しました。
妊娠初期のデリケートな時期のため、全てのツボにおいて非常に浅く、優しい刺激で行いました。
不妊の専門病院を無事に卒業されたため、一旦鍼灸治療はここで終了となりました。
使用した主なツボとその代表的な効果
合谷(ごうこく):
手の甲、親指と人差し指の骨の間にあるツボ。
万能穴とも呼ばれ、全身の気の巡りを良くし、痛みや炎症を鎮める効果があります。
ストレス緩和や頭痛、肩こりにも有効です。不妊治療においては、全身の血行促進に繋がります。
足三里(あしさんり):
膝のお皿の下から指4本分、外側にあるツボ。
消化器系の働きを整え、全身の生命力を高める「健胃整腸、補気健脾」の代表的なツボです。
体力をつけ、気血を補うことで、妊娠しやすい体づくりをサポートします。
太谿(たいけい):
足の内くるぶしとアキレス腱の間にあるツボ。
東洋医学の「腎」の機能を高める重要なツボです。
「腎」は生殖機能や生命力の源とされており、太谿はお腹を温め、卵子の質や子宮内膜の状態を整える助けとなります。
冷えやむくみ、腰痛にも効果があります。
中脘(ちゅうかん):
みぞおちとおへその真ん中にあるツボ。
胃の働きを整え、消化吸収を促進します。
気血を生成する元である飲食物の消化吸収を良くすることで、体全体の栄養状態を改善し、不妊治療においても重要な役割を果たします。
温灸で温めることで、お腹全体の血行を促進します。
関元(かんげん):
おへそから指3本分下にあるツボ。
東洋医学でいう「丹田(たんでん)」にあたり、生命力の源が集まる場所と考えられています。
生殖機能と非常に深く関わるツボであり、特に女性の不妊治療では頻繁に使用されます。
お腹を芯から温め、骨盤内の血流を改善し、子宮や卵巣の機能を高める効果が期待できます。
冷え性や生理不順にも有効です。
三陰交(さんいんこう):
足の内くるぶしから指4本分上にあるツボ。
女性にとって非常に重要なツボであり、婦人科疾患全般に効果があると言われています。
生理不順、生理痛、更年期症状、そして不妊治療においては、骨盤内の血流改善、ホルモンバランスの調整、着床率向上、妊娠中のむくみやだるさの緩和、流産予防など、幅広い効果が期待できます。
内関(ないかん):
手首の内側のシワから指3本分、真ん中にあるツボ。
精神的な緊張や不安を和らげ、心を落ち着かせる「安神」の作用があります。
また、吐き気を抑える効果もあり、つわりの緩和にも有効です。
移植後の判定期間など、精神的に不安定になりやすい時期に重宝します。
次髎(じりょう):
お尻の仙骨にある窪みにあるツボ。
骨盤内の血流を直接的に改善する効果が非常に高く、子宮や卵巣への血流量を増やし、機能を高めるために重要なツボです。
腰痛や坐骨神経痛にも効果があります。
志室(ししつ):
腰にあり、東洋医学の「腎」の機能を高めるツボの一つです。
太谿と同様に、生殖機能の強化や腰痛の緩和に用いられます。
これらのツボを、患者さまの体質やその時の状態に合わせて組み合わせることで、最大の治療効果を引き出すことを目指しました。
まとめ
今回の症例は、3人目不妊で悩まれる方に、鍼灸治療と体外受精を併用することで妊娠に至ったケースでした。
この患者さまのように、体外受精に進んでも、体の状態が整っていないとなかなか結果に繋がらないことがあります。
また、一度妊娠しても、母体側の準備が不十分だと妊娠を継続できないケースもあります。
もしあなたが、原因不明の不妊で悩んでいる、体外受精を考えている、採卵や移植に向けて体調を整えたい、前回の治療がうまくいかなかった、といったお悩みをお持ちでしたら、ぜひ一度当院にご相談ください。
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