お灸の種類(棒灸、台座灸、透熱灸)によっての使い分け
お灸の種類によっての使い分けとその理由

東洋医学の伝統的な治療法である「灸(きゅう)」は、原料である「もぐさ」の温熱刺激で私たちの体の自然治癒力を高めます。
しかし、一口に「灸」と言っても、その種類は様々。
当院では、「棒灸」「台座灸」「透熱灸」などの灸法を、患者さまの体質・病態・治療目標に応じて使い分けています。
今回は、それぞれのお灸の特徴と、その選択基準、東洋医学的および現代医学的な効果のメカニズムについて解説していきます。
棒灸(ぼうきゅう):広範囲の温熱刺激とリラックス効果

棒状に固められたもぐさに火をつけ、皮膚から数センチ離して温めます。
 直接皮膚に触れないため、火傷のリスクが極めて低く、じんわりと心地よい温かさが広範囲に伝わることが最大の特徴です。
 煙が少ない「無煙棒灸」や、アロマ効果を付加した製品も多く、家庭でのセルフケアとしても普及しています。
使い分けのポイント
■病態
 慢性的な肩こり、腰痛、関節痛、神経痛など、広範囲の筋緊張緩和や血行促進が求められる疾患に特に有効です。
 冷え性、月経不順、胃腸の機能低下といった全身性の不調に対しても、温熱効果を通じて症状の改善を目指します。
リラックス効果が高いため、自律神経の乱れからくる不眠やストレス関連の症状にも適しています。
■体質
 敏感肌の方、熱刺激に弱い方、灸治療が初めての方、リラックス効果を強く求める方に最適です。
 広範囲を穏やかに温めるため、小児や高齢者にも比較的安心して使用できます。
■治療目標
 全身の血行促進、筋肉の深い部分の弛緩、自律神経のバランス調整、精神的なリラックス効果。
 広範囲の治療を継続的に行いたい場合に適しています。
■東洋医学的解釈
 「補法」としての役割が大きく、元気を補う・陽気を養うことが目的。脾腎の虚に対して、じわじわと力を与えるイメージです。
■現代医学的解釈
 持続的な温熱刺激により血管が拡張し、筋緊張が緩み、またツボ刺激による神経系統への調整効果も報告されています。
台座灸(だいざきゅう):手軽さと特定のツボへのアプローチ

もぐさが紙やプラスチックの台座に乗せられており、その台座を介して皮膚に置かれます。
 台座が皮膚との間に空間を作るため、直接的な火傷のリスクが極めて低く、非常に手軽に使えるのが特徴です。
温熱の強さが異なる様々な製品があり、ご自身の感覚に合わせて選択できます。
市販されており、自宅でのセルフケアに最も広く利用されています。
 「せんねん灸」という商品が有名です。
使い分けのポイント
■病態
 肩こり、腰痛、膝痛、眼精疲労、生理痛、冷えによる胃腸の不調など、特定のツボや局所的な痛みにピンポイントでアプローチしたい場合に適しています。
 スポーツによる筋肉痛や疲労回復にも有効です。
■体質
 灸治療が初めての方、自宅で手軽に温熱ケアをしたい方、特定のツボの効果を試したい方。火傷の心配が少ないため、安心して使用できます。
■治療目標
 局所の血行改善、痛みの緩和、内臓機能の調整、免疫力の向上。
 特定のツボに対する持続的な刺激による効果を期待する場合に有効です。
■東洋医学的解釈
 「陽気を補う」「寒邪を散らす」灸法。
 寒邪が滞って気血の流れが悪いとき、鍼治療よりも台座灸で温めることで経絡の通りを良くします。
■現代医学的解釈
 皮膚・筋肉・自律神経系を刺激し、血流改善・筋弛緩・副交感神経優位化などが見込めます。
透熱灸(とうねつきゅう):強力な刺激と即効性

米粒大(あるいはそれ以下)にひねったもぐさを直接皮膚に乗せて燃焼させます。
 一瞬チクッとした熱さを感じますが、熱さが浸透する前に取り除く、あるいは途中で消すことで、熱すぎない刺激を与えます。
この一瞬の強い熱刺激が、より深い生体反応を引き出すことを目的とします。
 熟練した技術が必要とされるため、通常は専門家である鍼灸師が行います。
使い分けのポイント
■病態
 頑固な痛み、しびれ、麻痺、特定の慢性疾患(例:神経痛、一部の難治性の皮膚疾患)。
 東洋医学的な「証(タイプ・体質)」に基づいて、強力な刺激が必要と判断される場合に用いられます。
例えば、「実証」(炎症や熱が強い状態)や「瘀血」(血行不良が深刻な状態)など、病の勢いが強い場合や、長期間にわたる慢性症状に対して、劇的な効果を狙うことがあります。
■体質
 灸慣れしている方、比較的熱に強い方、強い刺激を求める方。
 また、感覚が鈍麻している部位(麻痺など)に対して、神経を活性化させる目的で使用されることもあります。
■治療目標
 局所の強力な循環改善、疼痛抑制物質の大量放出促進、神経機能の根本的な活性化、難治性症状の改善。
 即効性を期待する場合や、他の灸で効果が見られない場合に選択されることがあります。
 必ず専門家による施術を受けてください。
■「東洋医学的解釈
 「補法」にも「瀉法」にも使える、昔ながらのお灸の手法。
 熱の加減を手技でコントロールできるので、鋭い熱さで生命力を鼓舞したり、優しく短い熱刺激で虚弱を補ったりと応用範囲が広いです。
■現代医学的解釈
 短時間で皮膚に強い熱刺激を与えることで、神経伝達物質の放出(βエンドルフィンなど)や免疫細胞の活性化が起きるとされ、慢性炎症や免疫疾患にも効果が期待されています。
お灸は他にも、「箱灸(はこきゅう)」や「灸頭鍼(きゅうとうしん)」や「隔物灸(かくぶつきゅう)」など、種類はもっと多いです。


現代医学的な灸の効果の仕組み
灸がもたらす多様な効果は、現代医学的にも解明が進んでおります。
 複数の機序が複合的に作用し合うことで生まれると考えられています。
温熱作用による生体反応
もぐさの燃焼によって発生する温熱は、皮膚表面から深部へと浸透します。
この温熱は、以下のような生理的反応を引き起こします。
■血管拡張と血行促進
 熱刺激は、皮膚の血管平滑筋を弛緩させ、血管を拡張させます。
 これにより、局所の血流が増加し、酸素や栄養素の供給が促進され、代謝産物や老廃物の排出がスムーズになります。
これは、筋肉の緊張緩和、痛みの軽減、組織修復の促進に繋がります。
また、局所の温熱が全身に伝わることで、全身の血行も改善され、冷え性の緩和や新陳代謝の向上が期待できます。
■筋弛緩効果
 温熱は、筋紡錘の感度を低下させ、筋肉の過緊張を緩和する効果があります。
 これにより、凝りや痛みが軽減されます。
■神経伝達の調整
 温熱刺激は、知覚神経の閾値を変化させ、痛覚の伝達を抑制する作用があるとされています。
神経系への作用
灸の熱刺激は、単なる表面的な温かさだけではありません。神経系を介して複雑な生体反応を引き起こします。
■体性-自律神経反射
 皮膚への熱刺激は、脊髄を経由して自律神経中枢に伝達され、自律神経の活動に影響を与えます。
例えば、心地よい温熱は副交感神経を優位にし、リラックス効果、内臓機能の調整(消化促進、腸蠕動運動の改善など)、免疫系の活性化に寄与します。
 透熱灸のような強い刺激は、交感神経を介した反射反応も引き起こし、特定の生理機能の調整を行うことがあります。
■軸索反射
 灸の刺激によって、知覚神経の末端から血管を拡張させる物質(サブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド:CGRPなど)が放出されます。
これらの神経ペプチドは、局所の血管を拡張させ、血流をさらに促進するだけでなく、炎症反応の調整にも関与すると考えられています。
■内因性疼痛抑制系の活性化
 脳内の下行性疼痛抑制系(Descending Pain Modulatory System: DPMS)が活性化され、脳内からエンドルフィンやエンケファリンといった内因性オピオイドが放出されます。
 これらは強力な鎮痛作用を持ち、痛みの感覚を和らげます。
免疫系への作用
灸の温熱刺激は、免疫機能にも影響を与えることが報告されています。
■白血球の活性化
 灸刺激により、白血球(特に好中球やリンパ球)の数が増加したり、その活動が活性化されたりすることが示唆されています。
 これにより、体内の異物や病原体に対する防御能力が高まり、感染症への抵抗力向上や、アレルギー反応の抑制に繋がる可能性があります。
■サイトカインの産生調整
 灸刺激が、炎症性サイトカインと抗炎症性サイトカインのバランスを調整し、過剰な炎症反応を抑制したり、必要な免疫応答を促進したりする可能性も研究されています。
まとめ
お灸は、その種類によって与える刺激の強さ、温熱の深さ、適応する症状が異なります。
ご自身の病態や体質、そして最も達成したい治療目標に合わせて適切な灸を選択することが、効果的な治療への鍵となります。
ご自宅でのセルフケアとして手軽に使える台座灸や棒灸は、日々の健康維持や軽い不調の改善に非常に有効です。
一方で、より専門的な知識と技術を要する透熱灸は、難治性の症状や深刻な状態に対して、鍼灸師の適切な診断と施術のもとで行われることで、より深い治療効果を発揮します。
以上がそれぞれのお灸の説明ですが、実際の臨床では、単独で使うこともあれば、症状に応じて組み合わせて用いることもあります。
たとえば――
・自律神経の乱れが強い患者さん。
 棒灸で背部兪穴を温めつつ、台座灸で神門・内関に温灸。
・冷えと瘀血が強い婦人科疾患の患者さん
 透熱灸で関元・中極を活性化し、棒灸で下腹部をじんわり温める。
・虚弱体質で施灸に不安がある患者さん
 まずは棒灸で温めるだけの刺激で慣れてもらい、必要に応じて台座灸へステップアップ。
こうした「個別対応」こそが東洋医学の真髄であり、灸の持つ可能性を最大限に引き出す鍵でもあります。
当院では、患者さん一人ひとりの状態を丁寧に診ながら、最適な灸法を選び、無理のない、心地よい施術を行っています。
 
 
