指圧と按摩と鍼灸と「みんなちがって、みんないい」

『浪越徳治郎 指圧一代記』を読了

指圧一代記
浪越徳治郎先生は「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」のキャッチフレーズで有名です。
昭和の指圧界をけん引してきた一人です。

その浪越先生を称える書(生誕百周年記念として刊行)なので「良いハナシ」のオンパレードではあります。
内容は指圧師としての伝説や武勇伝が描かれており、題名も何となく似ていることもあり『空手バカ一代』を彷彿とさせます。

・幼少期、母親のリウマチを手技で治す。
・初恋の人と結ばれなかったが40年後に再会し結婚。
・「指圧」の名付け親。
・横綱・作家・政治家・芸能人など多彩な人たちを施術。
・指圧の専門学校を設立。
・国政選挙に出馬するも落選。

…etc

本書には指圧の施術的なノウハウなどは一切なく、あくまで浪越先生の一代記です。
自分史的物語としてここまでエピソードがあれば、読み物として十分楽しめます。
「情熱大陸」が面白いのと似ている気がします。

それぞれのエピソードには本当のところ、ちょっと盛っている部分や、もっとドロドロした裏話なんかがありそうな気もしましたが、ここは清く明るく美しく、「物語」として読むのが素直な楽しみ方だと感じました(笑)

指圧と按摩とマッサージ

指圧
我々の資格は大雑把に「鍼灸師」と呼ばれます。
もう少し細かくしたときに「鍼灸マッサージ師」などと呼ぶこともあります。
じつはこれは、正確には「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」の3つの資格を持つ人を指します。

学校で学ぶ際、はり師ときゅう師はワンセットですが、あん摩マッサージ指圧は教えない学校は結構あります。
この辺は歴史的にいろいろあり長くなるので省略。
(ちなみに私は鍼灸師で、あん摩マッサージ指圧師の資格はありません。)

前置きが長くなりましたが、「あん摩マッサージ指圧師って長い名前だな」と思いませんか?
私は思いました。
「なんでこんなややこしい名前にするのだろう? 按摩師か指圧師かマッサージ師のどれかにまとめてもいいんじゃないか?」と。

もちろん、それぞれの手技には違いがあります。
その定義を載せておきます。

『あん摩もマッサージも指圧も生体反応を起こさせる刺激療法という意味では基本的な相違はあまりありません。
あん摩は衣服の上から行い、心臓から離れる方向(遠心性)に筋肉を揉(も)んだり叩いたりします。中国生まれの治療法です。
マッサージは、直接皮膚に触れながら、血流改善を目的にして心臓に向かって(求心性)なでる治療法です。フランスやスイスなどのヨーロッパで生まれました。
指圧は衣服の上から行い、筋肉などを押して離す、圧を加える方法です。日本で生まれた治療法です。』
東洋療法学校協会『東洋療法雑学辞典』より)

でも、それでもいちいち長すぎない?という思いがありましたが、今回の『指圧一代記』で、なぜこのような名前になったか分かるエピソードがありました。

ひとつは法律面の問題。
もうひとつは施術者側の問題。

民間療法の法整備の観点

大正時代には様々な民間療法が生まれました。
「療術」や「霊術」と括られるものですが、カイロプラクティックなどの手技療法、電気療法、光線療法、温熱刺激療法などや、催眠術や呪術や暗示などを用いる精神療法の手段を使うものです。

西洋医学では治らない症状を「西洋医学とは違ったアプローチで何とかしたい」と考えるのは今も同様で、それに応える各種療法が大量発生したわけです。
しかし、この中には(これまた今も同様ですが)怪しい療法も混じっていて、玉石混交状態でした。

そこで、法律でルール作りをしようとなりました。

結果的に、鍼灸・あん摩・柔道整復が根拠ある療法として制度化され、あとは無資格療法のような扱いとなりました(人体に危険がなければとりあえず黙認的な扱い)。

プライド・流派・看板の観点

大正・昭和の当時、指圧やマッサージ等を含めた手技療法では「あん摩」という言葉が浸透していました。
ただし、あん摩という言葉には「昔ながらの按摩さん」と言った、すでに固有のイメージがありました。
(現代では、指圧やあん摩も含めて「マッサージ」と言われるイメージです。)

ですので、「指圧はあん摩とは違う!」と熱い思いを持っていた浪越先生からしたら「自分はあん摩師です」とは言いたくなかったようです
プライドです。

さらに、あん摩師だけが法律上に名乗れる名称になってしまうと、それに看板など広告もしばられます。
院の看板に「○○指圧院」と書けない、というわけです。
これでは、指圧を売りにしたい施術家としては納得できません。

そんなこんなで、「あん摩とは別に「指圧」という文言を入れろ!」という運動がおこりました
(もちろんその中心には浪越先生あり。)
これは書かれていないけど、おそらくマッサージも同じような境遇だったので、同じような運動を共同展開したのかもしれません。

そして最終的に、あん摩マッサージ指圧師、という名称が誕生したというわけです。

指圧やマッサージがあん摩に飲み込まれなかったのは、それぞれに微妙に違う効果効能がある事が認められたから、というのも事実でしょう。
…が、顛末を読んでいると、おそらく「政治力の勝利」でしょうね。声の大きさとコネクションの結果、かなと。
(もちろん、自分の希望を叶えるには、声を大きく主張して使える政治力を駆使するのは大事なことです。)
いやしかし、名称ひとつにも歴史あり…。

指圧と鍼灸

指圧と鍼灸
『指圧一代記』には鍼灸はひと言も出てきません
指圧最高!を謳う本なので仕方ないですが、寂しい限りです…(涙)

鍼灸と指圧はともに「病気を改善する」ことを目指しているのは共通で、様々な疾患に対応してきた(している)のも共通です
ともに、名鍼師・名灸師・名指圧師など、名人・達人が存在し、多くの病める人たちを癒してきました。

どちらにもチカラはあります。
ですので、あとは自分(患者さん)にとってより親和性が強い方を選べばよいだけです。

それを前提に、鍼は深い場所に刺激を送れるなど具体的な小さな違いもありますが、あえて大きな違いは以下の2点になるかと思います。

・鍼灸の方が科学的な研究が多数ある(現在も行われている)。
・鍼灸の方が2千年前より医学の主流として数多くの書籍(医書)が残されている。

歴史的にも重要視されつつ、現在も世界的に研究材料に取り上げられている、のは指圧よりも鍼灸の方が多いことにはワケがあると考えます
(※私は鍼灸を生業にしているので鍼灸贔屓になるのはご容赦ください(苦笑))

以上、浪越徳治郎先生の一代記を読んでの感想と、指圧とそれぞれの違いなどを簡単に書いてみました。

いや、しかし、
この『指圧一代記』読んだら、指圧を受けたくなりました!(笑)