気滞・血瘀・水滞に対する鍼灸の効き方
気滞・血瘀・水滞に対する鍼灸の効き方

東洋医学(鍼灸治療)では、病の原因を大きく「気・血・水」のバランスの乱れと捉えます。
患者さんの訴えを東洋医学的な視点からみた際、しばしば「気滞」「血瘀」「水滞」といった病理に行き当たります。
「気滞(きたい)」「血瘀(けつお)」「水滞(すいたい)」は、慢性的な不調や痛みの原因として非常に重要です。
しかし、これらの病理によって、鍼灸の反応の出方や変化のスピードは異なります。
今回は、気滞・血瘀・水滞の病理に対する鍼灸の効き方の違いについて詳しく解説します。
気滞(きたい)

■特徴
「気滞」とは、気の流れが停滞している状態を指します。
ストレス、精神的緊張、過労などが主な原因となり、肝の疎泄機能失調と深く関連しています。
気の巡りが滞ることで、関連する臓腑の機能が低下し、様々な不調を引き起こします。
■気滞の症状例
・精神・神経症状: イライラ、憂鬱、不安感、ため息が多い、気分がふさぎ込む、ヒステリー。
・消化器症状: 胸や脇腹の張りや痛み(移動性)、げっぷ、おならが多い、腹部膨満感、便秘と下痢の繰り返し。
・婦人科症状: 月経前のイライラ、月経痛、乳房の張り。
・その他: 喉の異物感(梅核気)、あちこちを移動する痛み。
■鍼灸の効き方
気滞に対する鍼灸の反応は、比較的早く現れることが多い。
気の滞りが軽度で、発症して間もないケースでは、施術直後や施術中に「スーッと楽になった」「呼吸が楽」「お腹が鳴った」などの反応が現れやすいです。
これは、鍼が気の巡りを即座に促進する作用があるためと考えられます。
肩の力が抜ける、呼吸が楽になる、気持ちが落ち着くといった変化が見られます。
ストレス要因が持続する場合、効果が一時的なこともありますが、繰り返し治療を行うことで、気の巡りの滞りにくい体質へと改善していくことが期待できます。
■効果が表れやすいツボ
太衝、期門、内関、外関、膻中、百会などが効果的です。
気の鬱滞による痛みに用いられる阿是穴(圧痛点)へのアプローチも有効です。
■注意点
感情のコントロールが難しい、精神的な不安定さが顕著な場合、鍼の刺激量を調整し、患者さんの心身の状態に寄り添った丁寧な治療が重要です。
過度な刺激は、かえって気を逆上させる可能性もあります。
血瘀(けつお)

■特徴
「血瘀」とは、血の流れが滞り、鬱滞している状態を指します。
外傷、慢性的な炎症、冷え、気の滞り、あるいは病後の消耗など、多岐にわたる原因によって生じます。
血瘀は慢性的な経過をたどることが多く、より根深い病理として捉えられます。
■血瘀の症状例
・疼痛: 刺すような鋭い痛み、痛みの部位が固定している、夜間に増悪する痛み。
・腫瘤・しこり: 体表や体内に固定性のしこり、腫瘤、結節。
・色調変化: 皮膚や粘膜の紫斑、暗赤色の唇、舌の瘀斑・瘀点。
・出血傾向: 月経血に血塊が混じる、鼻血、歯肉出血など(ただし、出血後に瘀血が残る場合)。
・婦人科症状: 重度の月経痛、子宮筋腫、子宮内膜症、不妊症。
・その他: 手足のしびれ、冷えのぼせ、健忘、精神的な不安定さ。
■鍼灸の効き方
血瘀に対する鍼灸の反応は、気滞と比較して時間を要する傾向があります。
血の流れは気の流れよりもゆっくりであるため、滞りが解消されるまでには複数回の治療が必要となることが一般的です。
しかし、一度改善が見られれば、その効果は比較的持続しやすいのも特徴です。
即効性よりも、徐々に症状が改善していくケースが多いです。
慢性の疼痛やしこりに対しては、根気強く治療を続けることが重要です。
週に1~2回のペースで、数週間から数ヶ月にわたる治療が必要となることもあります。
改善には時間がかかるが、効果は持続しやすい傾向があります。
■効果が表れやすいツボ
血海、膈兪、太衝など、血行促進や活血化瘀作用のあるツボが中心となります。
局所の血瘀がある場合は、その部位の阿是穴や経絡上のツボを刺激します。置鍼や散鍼といった手技も有効です。
■注意点
温灸や電気鍼を併用することで、血行促進作用を高めることができます。
冷えを伴う血瘀には温灸が非常に効果的です。
また、瘀血は体質的な要因も大きいため、生活習慣の改善(冷え対策、バランスの取れた食事、適度な運動など)も併せて指導することが重要です。
水滞(すいたい)

■特徴
「水滞」とは、体内の水液の代謝が停滞し、水分が過剰に蓄積したり、うまく分布されなかったりする状態を指します。
脾、肺、腎の機能失調が主な原因となり、特に脾の運化作用の低下が大きく関与します。
■水滞の症状例
・浮腫: 顔、手足、特に下肢のむくみ。午前中にひどく、午後には軽減するなど、時間帯による変動が見られることも。
・重だるさ: 体全体の重だるさ、関節の重さ、手足のしびれ。
・消化器症状: 食欲不振、吐き気、下痢、腹部膨満感、泥状便。
・頭部症状: めまい、頭重感、頭痛。
・分泌物: 痰が多い、鼻水が多い、おりものが多い。
・排尿異常: 尿量減少、頻尿(ただし、少量ずつしか出ない)。
・その他: 関節痛(特に雨の日や湿度の高い日に悪化)、湿疹、皮膚炎。
■鍼灸の効き方
水滞に対する鍼灸の反応は、その原因や滞りの程度によって様々です。
ただし、比較的ゆっくり効くと考えた方が良いです。
浮腫やむくみに対しては、利水作用のあるツボ(脾経の陰陵泉、腎経の復溜など)への刺激により、数回の治療で尿量の増加やむくみの軽減が見られることがありますが、体質改善が必要なため、すぐに戻ることが多い傾向。
脾や腎の機能改善といった根本的な治療には、継続的な治療が必要となります。
慢性的な水滞は体質改善を視野に入れた長期的なアプローチが求められます。
■効果が表れやすいツボ
陰陵泉、三陰交、復溜、太谿、委中、膀胱兪、水分、関元など、水液代謝を調整するツボが有効です。
温灸は、脾腎の陽気を温め、水液運化を促進する上で非常に効果的です。
■注意点
水滞は「湿邪」という外因の影響も受けやすいため、居住環境や食事内容(冷たいもの、甘いもの、生ものの摂りすぎなど)の指導も重要になります。
消化器系の症状を伴う場合は、食生活の見直しが治療効果を大きく左右します。
まとめ

気滞、血瘀、水滞はそれぞれ異なる病理であり、鍼灸治療への反応性も異なります。
◎気滞: 比較的即効性があり、精神的な症状の改善に優れる。
◎血瘀: 治療に時間を要するが、慢性的な疼痛や固定性の病変に対して効果が持続しやすい。
◎水滞: 利水作用はゆっくり現れるが、根本的な体質改善には継続的な治療が必要。
これらの病理を正確に鑑別し、患者さん一人ひとりの状態に応じた最適な治療計画を立てることが何よりも重要だと考えています。
問診、脈診、舌診、腹診などを総合的に判断し、ツボの選定、鍼の手技、刺激量、治療頻度などをきめ細やかに調整することで、鍼灸の効果を最大限に引き出し、患者さんの健康回復に貢献できると確信しています。

