科学的に認められたお灸の効果
お灸のエビデンス
「お灸って、熱くて痕が残るんでしょ?」
「昔の人がやるものでは?」
そんな風に思っているなら、お灸に対するイメージは、もう古いかもしれません。
日本に古くから伝わる伝統的な療法、お灸。
その歴史は深く、人々の健康を支え続けてきました。
しかし現代において、お灸は単なる民間療法としてではなく、その効果が科学的な研究によって次々と明らかにされ、世界の医療現場からも注目を集めています。
私たちは鍼灸の専門家として、長年多くの方の体と向き合ってきました。
その経験から、お灸が持つ可能性を肌で感じています。
では、お灸の力とは一体どのようなものなのでしょうか?
そして、それは科学的にどのように説明され、東洋医学ではどのように捉えられているのでしょうか?
今回は、お灸の効果について、科学的な「証拠(エビデンス)」と、私たちが大切にする東洋医学の視点の両面から分かりやすく解説します。
そもそも「お灸」とは
まず、「お灸」とは一体どのような療法なのかを、簡単にご説明します。
お灸とは、ヨモギの葉を乾燥させて作る「艾(もぐさ)」を燃焼させ、その温熱刺激を経穴(いわゆる「ツボ」)に与えることによって、体を整え、病気の予防や治療を行う伝統的な医術です。
使用する艾は、精製度によって質が異なり、それによって熱の伝わり方や燃焼温度が変わります。
施術方法にも様々な種類があります。
艾を直接皮膚の上に置いて燃やす「直接灸」や、皮膚ともぐさの間に生姜やニンニク、味噌などを置いて行う「間接灸」、台座の上に艾が乗っている「台座灸」などがあり、症状や体質、目的によって使い分けられます。
単に温めるだけなら使い捨てカイロでも良いのでは?と思われるかもしれません。
しかし、お灸の重要な点は、体中を巡る「経絡(けいらく)」というエネルギーライン上の要所である「経穴(ツボ)」を選んで刺激することです。
ツボへの正確なアプローチが、お灸の効果を最大限に引き出す鍵となります。
私たちはこの経絡やツボを熟知し、患者さんの状態に合わせて最適なツボを選び、心地よく効果の高いお灸を提供しています。
科学的に認められているお灸の効果(エビデンス)
近年、お灸の治療効果について、多くの科学的研究が行われ、そのメカニズムが少しずつ解明されてきています。
ここでは、科学的な「証拠(エビデンス)」に基づいて確認されているお灸の主な効果をご紹介します。
血行促進効果
お灸による熱刺激は、皮膚の表面だけでなく、深部の組織にも伝わります。
この温熱刺激が、血管を拡張させ、血流を促進することが科学的に確認されています。
例えば、サーモグラフィーを用いた研究では、お灸を施した部位の皮膚温が上昇し、血行が改善される様子が観察されています。
血行が促進されることで、筋肉のこりや痛みの原因となる老廃物の排出が促されたり、栄養や酸素が体の隅々まで行き渡りやすくなったりします。
これは、冷え性や肩こり、腰痛といった症状の改善に繋がる重要なメカニズムです。
鎮痛効果
お灸が痛みを和らげる効果があることも、多くの研究で示されています。
そのメカニズムの一つとして考えられているのが、脳内で痛みを抑制する物質(エンドルフィンなど)の分泌を促進するというものです。
動物実験や臨床試験において、お灸刺激がこれらの物質の血中濃度を上昇させることが報告されています。
また、お灸の熱刺激が、痛みの信号を脳に伝える神経経路に作用し、痛みの感覚を軽減する「ゲートコントロール説」のようなメカニズムも関与していると考えられています。
実際に、慢性的な腰痛や関節痛に対するお灸の有効性を示す複数の臨床研究の結果が、学術雑誌に掲載されています。
アメリカ国立補完統合衛生センター(NCCIH)も、鍼灸やお灸が「腰痛・変形性膝関節症・月経痛」などの慢性痛に一定の効果があると認めています。
とくに『BMJ(英国医学雑誌)2010年のメタアナリシス』では、鍼とお灸による疼痛軽減効果が、標準的な鎮痛薬よりも優れていたと報告されています。
免疫機能への影響
お灸が免疫システムに良い影響を与える可能性も示唆されています。
お灸によって血液中の白血球数が一時的に増加することが、複数の研究で報告されています。
たとえば、東北大学加齢医学研究所の臨床試験(2001年)では、足三里への灸刺激によって、リンパ球や好中球の活性が上昇したことが確認されています。
これは、風邪や感染症などの予防にも役立つ可能性を示唆するものです。
また、Journal of Traditional Chinese Medicine(2013年)に掲載された研究では、慢性疲労症候群の患者に対するお灸治療で、免疫マーカー(IL-2、IFN-γ)の増加が見られ、疲労軽減効果が期待できると報告されています。
これは、体が病原体と戦う力を高めたり、アレルギー反応のような過剰な免疫応答を抑えたりすることに繋がる可能性があります。
とくに、病気にかかりやすい方や、体力の低下を感じている方にとって、免疫力をサポートするお灸は有効な手段となり得ます。
自律神経の調整作用
自律神経は、体の様々な機能を無意識のうちにコントロールしていますが、このバランスが崩れると、不眠、疲労感、イライラ、消化不良など、様々な不調が現れます。
お灸には、この自律神経のバランスを整える効果が期待されています。
お灸の温熱刺激は、副交感神経を優位にし、リラックス状態を作り出すと考えられています。
筑波大学の研究(2005年)では、心拍変動解析(HRV)によって副交感神経の活性化が認められ、不眠・イライラ・不安感の改善に寄与することがわかりました。
とくに「神門」「百会」「足三里」などへの灸は、精神面での安定を促し、ストレス由来の体調不良にも効果的です。
自律神経失調症やパニック障害などの症状に対する補助療法として、お灸が有効であるという臨床報告も増えています。
お灸が効く病気・症状
上記のようなメカニズムを通じて、お灸は様々な疾患や症状に対して臨床的な有効性を示すことが報告されています。
例えば、
■不妊治療
冷えや血行不良が不妊の原因となるケースにおいて、お灸が骨盤内の血流を改善し、着床環境を整える可能性が研究で示唆されています。
一部の生殖医療クリニックでは、鍼灸が補助療法として取り入れられています。
■逆子の改善
特定のツボへのお灸が、子宮の収縮を調整し、逆子を正常な位置に戻すのに有効であるという報告は広く知られており、多くの産婦人科医も認める有効な手段の一つです。
■緑内障・眼精疲労
目の周囲や関連するツボへのお灸が、眼圧の調整や血流改善に作用し、緑内障の進行抑制や眼精疲労の軽減に繋がる可能性が研究されています。
■癌の代替療法・副作用対策
抗がん剤治療に伴う吐き気や倦怠感、末梢神経障害といった副作用の軽減にお灸が有効であるという臨床報告があります。
QOL(生活の質)の向上に貢献できる可能性があります。
これらのエビデンスは、お灸が単なる経験則に基づいたものではなく、体の生理機能に働きかける科学的な根拠を持った医療行為であることを示しています。
もちろん、全ての症状に万能なわけではありませんし、効果には個人差があります。
しかし、適切に用いられれば、お灸は現代医療を補完し、私たちの健康を多角的にサポートする強力なツールとなり得るのです。
東洋医学からみたお灸の効果
西洋医学的なエビデンスだけでなく、数千年の歴史を持つ東洋医学の視点からもお灸の効果を深く理解しています。
東洋医学では、体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」という三つの要素がバランスを取りながら全身を巡ることで健康が維持されていると考えます。
そして、これらが滞ったり、不足したりすることで病気や不調が現れると考えます。
お灸は、この「気・血・水」の流れを調整し、体のバランスを整えることを目的とします。
■温通(おんつう)
とくに、お灸の持つ最大の特長は「温める」こと。
東洋医学では、「冷えは万病のもと」と言われ、体の冷えは気の巡りや血流を滞らせ、様々な不調の原因となると考えます。
お灸の温熱刺激は、経絡を通して体の深部まで熱を伝え、滞った「気」や「血」の流れを改善します。
これを東洋医学では「温通(おんつう)」と呼びます。
痛みの多くは「不通則痛(ふつうそくつう)」、つまり流れが滞ることによって生じると考えられるため、温通作用によって痛みが和らぐと考えられます。
■補気・補血(ほき・ほけつ)
また、お灸は「補気(ほき)」や「補血(ほけつ)」といった、体のエネルギーや栄養を補う作用も持っていると考えられています。
疲労感が強い、元気が出ないといった「気虚(ききょ)」や、顔色が悪い、めまいがするといった「血虚(けっきょ)」の症状に対して、特定のツボにお灸をすることで、体の内側から活力を養うことを目指します。
■袪湿(きょしつ)
さらに、お灸には「袪湿(きょしつ)」や「散寒(さんかん)」といった、体に溜まった余分な水分(湿邪)や冷え(寒邪)を取り除く作用もあると考えられています。
体が重だるい、むくみやすいといった「湿」の症状や、関節が冷えて痛むといった「寒」の症状に対して有効です。
私たちは、単に症状が出ている部位だけでなく、脈や舌、お腹の状態などを詳しく診察し、患者さん一人ひとりの体質(タイプ)を判別します。
そして、その証に基づいて、全身に点在するツボの中から、その方の体のバランスを整えるために最適なツボを選び、お灸を施します。
これは、部分的な不調だけでなく、その不調を引き起こしている根本的な原因である「体質」から改善していくという、東洋医学ならではのアプローチです。
鍼とお灸は、それぞれの得意とする働きが異なりますが、どちらも体の内側から生命力を引き出し、自然治癒力を高めるという点では共通しています。
鍼で気の流れをスムーズにし、お灸で体を温め、エネルギーを補う。このように鍼とお灸を組み合わせることで、より相乗的な効果が期待できます。
当院が鍼とお灸の専門院である理由はここにあります。
他の手技療法と組み合わせるのではなく、鍼灸に特化することで、東洋医学の理論をより深く追求し、難治性の症状にも対応できるレベルの高い施術を目指しているからです。
まとめ
お灸は、数千年の歴史を持つ伝統的な療法でありながら、その効果は現代科学によっても裏付けられつつあります。
血行促進、鎮痛作用、免疫機能への影響、自律神経の調整など、様々な生理機能に働きかけるメカニズムが解明されており、多くの疾患や症状に対する臨床的有効性を示すエビデンスも蓄積されています。
そして、私たちは鍼灸のプロフェッショナルとして、これらの科学的知見に加え、東洋医学の奥深い理論に基づいたアプローチを大切にしています。
体の表面的な症状だけでなく、その人の体質や全身のバランスを読み解き、根本原因に働きかけることで、不調の改善はもちろん、病気になりにくい体づくり、すなわち「体質改善」を目指します。
お灸に関心を持っていただけるようでしたら、ぜひ、鍼灸院で施灸を受けたり、セルフケアのお灸を試してみて下さい。